江戸時代の寺社は賭博天国。アウトローから博徒へ、江戸の闇社会の実態とは?【前編】

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江戸時代の寺社は賭博天国。アウトローから博徒へ、江戸の闇社会の実態とは?【前編】

アウトローの系譜は「博徒」へ

江戸時代初期のアウトローは「旗本奴」「町奴」が主なもので、彼らは「かぶき者」「男伊達」「侠客」などと呼ばれました。

旗本奴・町奴が争うことでいわば対消滅し、さらに幕府の取り締まりもあって消えていくと、次に現れたのは賭博の稼ぎで生計を立てる「博徒」で、これがやくざの主流になりました。

「旗本奴」の代表格・水野十郎左衛門(Wikipediaより)

博徒は「通り者」とも呼ばれましたが、これは「筋が通った者」「遊里で遊び慣れた人」などのニュアンスも含む言葉でもあります。

上級クラスの通り者は茶の湯や俳諧にも通じていました。今で言うインテリヤクザのようなものでしょうか。

その一方で、遊女屋に女性を売り飛ばしてピンハネする下賤な者もいました。彼らの暗躍ぶりはかなり目に余るものだったようで、江戸時代を代表する儒学者である荻生徂徠も、著作で嘆くほどでした。

当時の江戸では、それほど「通り者」が跋扈していたのです。

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