悪党から天皇の忠臣へ――武将・楠木正成が貫いた忠義と美学、そして悲劇の最期

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悪党から天皇の忠臣へ――武将・楠木正成が貫いた忠義と美学、そして悲劇の最期

龍馬よりも前に日本をせんたくした武将…それが、今回紹介する楠木正成です。

南北朝時代の英雄の一人として教科書で紹介されたり、中世日本を舞台にした本などで根強い人気と知名度を誇る正成ですが、何故人気になったのでしょうか?

今回は彼の活躍について紹介していきます。

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楠木正成は同時代の英雄である足利尊氏や新田義貞と違い、河内(今の大阪府)の赤坂村で生まれたとされる事を除くと、正確な出自はハッキリしていません。古代の豪族・橘氏の子孫(橘正成とも名乗っていた)とも、幕府に仕える御家人、或いは悪党と呼ばれる武装集団のリーダーだったとも言います。

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