大河「べらぼう」寛政の改革により閉門処分…”県門の四天王”と称された加藤千蔭(中山秀征)の生涯

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大河「べらぼう」寛政の改革により閉門処分…”県門の四天王”と称された加藤千蔭(中山秀征)の生涯

おていさん(橋本愛)のアイディアを形にするため、蔦重(横浜流星)と二人で加藤千蔭(中山秀征)を訪ねます。

※NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」第41回放送「歌麿筆美人大首絵」より

『べらぼう』蔦重の実両親は?須原屋市兵衛その後、歌麿の胸中…10月26日放送内容の深堀り解説

寛政の改革によって閉門処分を受けていたそうですが、彼は何者だったのでしょうか。

今回は加藤千蔭(かとう ちかげ)について、その生涯をたどってみたいと思います。

武士から文化人へ

加藤千蔭(画像:Wikipedia)

加藤千蔭は享保20年(1735年)3月9日、江戸奉行与力を勤めていた加藤枝直(しげただ)の子として誕生しました。

本姓は橘氏。元服して通称を又左衛門(またざゑもん)、字を常世麿(ところまろ)、号に芳宜園(ほうぎえん)などと名乗ります。

父から家督を受け継いで公務につき、宝暦13年(1763年)に町奉行吟味役、やがて父と同じく江戸奉行与力となりました。

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