「大化の改新」(現在は「乙巳の変」とも)は、日本の古代史の中でも特に有名な出来事です。
多くの場合、蘇我氏の排除や新しい政治制度の導入が強調されますが、その核心にあったのはもっと現実的で切実な問題でした。
結論から言えば、大化の改新とは豪族による脱税をストップさせ、国家が税を直接集めるための構造改革だったと説明できます。
制度の変化を細かく見ていくと、その目的がはっきりと浮かび上がります。
• 豪族が“抜け道”を作れた理由
• 班田収授・租庸調が「脱税封じ」だった根拠
• 脱税防止を支えた国司制度と会計監査
今回は、制度の細部から改新の狙いを見ていきましょう。
「大化の改新」で誰もが思い浮かぶ蘇我入鹿暗殺(Wikipediaより)
「大化の改新」導入のワケ改新以前の日本では、氏姓制度のもとで豪族が自分の領地を支配し、朝廷には貢物を納めるだけでした。