「大化の改新」の本質はなんと“豪族の脱税”を止める徹底した財政改革だった (2/5ページ)
これは税のように見えますが、実際には豪族の裁量に任された不安定な仕組みで、力のある豪族ほど納める量を減らし、私財を蓄えることができました。
こうなっていしまったのは、朝廷は全国を直接支配しておらず、徴税も徴兵も豪族を通すしかなかったのが原因です。これでは国家の財政は安定せず、軍事力も整いません。
さらに、当時の朝鮮半島では唐と新羅が勢力を拡大し、日本と関係の深かった百済が追い詰められていました。
日本は国を挙げて防衛体制を整える必要があり、そのためには安定した税収と兵力が不可欠でした。こうした状況が、大化の改新を後押ししたのです。
「数字をつかむ」会計制度ところで、大和朝廷はすでに高度な会計制度を持っていました。木簡に残る記録から、人口や収穫量を把握する文書行政が整っていたことがわかります。
会計制度が整えば、どれだけの税が取れるか、どれだけの兵を動員できるかを正確に計算できます。国家運営の基盤は、まさに数字をつかむ力でした。