江戸時代にも“パパ活”があった!生活苦が生んだ複数契約「安囲い」という女たちの現実

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江戸時代にも“パパ活”があった!生活苦が生んだ複数契約「安囲い」という女たちの現実

安囲いとは

江戸の町では、現代の感覚で援助交際・パパ活(そろそろこれも死語でしょうか?)のような関係がありました。安囲いと呼ばれるものです。

安囲いは、一人の女性が三~四人の男性と同時に契約を結び、生活費の足しにしていたのです。

江戸時代の女性のイメージ(Wikipediaより)

安政の頃の妾の相場は高ければで月三~五両ほどで、安いところでは三分~一両でした。これでは暮らしが成り立たず、安囲いのような複数契約の形態が広まったと考えられます。

江戸には地方から出てきた武士や町人が多く、単身で暮らす人々も多くいました。そこで、安価で女性との関係を求めるケースも少なくなく、安囲いはその需要に応える形で広がったのです。

こうした安囲いの対象となったのは、貧民層の女性のみならず、商家の娘など普通の家庭の娘も多くいたようです。下女奉公に出るよりも収入が良いという理由で自ら望む例もあったとか。

華やかに見える江戸の町も、実際には不安定な経済の上に成り立っており、生活の不安がこうした関係を生み出したと考えられます。

経済不安と風紀

安囲いが増えた背景には、江戸の経済の不安定さがありました。

寛文改革、天和改革、寛政改革などが続き、そのたびに貨幣価値が大きく変動。一両の価値が倍になったり半分になったりするような状態では、まじめに働いても将来が見えず、生活への不安が広がります。

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