武藤敬司インタビュー “アントニオ猪木1万円事件”とは!? (2/5ページ)

日刊大衆



武藤  出る杭はナントカと言うしね。でも、UWFは、アマチュアスポーツを極めた人には、絶対にない思想だったよね。坂口(征二)さんとか長州さんとかマサ(斎藤)さんとか。アマなりの厳しさを、目の当たりにしてる方々は、絶対にあの発想にならないよ。そういうことをかじったことのない人が作り上げた思想というかさ。猪木さんもそうか。

柴田 武藤さんは柔道でも全国上位だったし、道場でそこに実力を上乗せして、さらに、リング上のスタイルがあるわけだから、「プロレスの本流を守っていくのはこの人だ」って気持ち、僕にはありましたよ。
90年に再び凱旋帰国した武藤。ザ・グレート・ムタというキャラクターも使い分け、人気面も含めれば、実質的なトップに。柴田氏の脳裏にも、数々の激闘が刻まれていた。

柴田 やっぱり武藤さんと言えば、僕は95年の10・9東京ドームの高田戦なんですよ。というのは、僕この時、猪木さんと並んで解説やらせてもらったんですよ。武藤さんが入場でガウンをパッと開いて、見栄を切るじゃない。そしたら猪木さんが渋い表情になって。ああいうパフォーマンス、猪木さんはあまり好きじゃないらしいんですよ。

武藤 自分はやるじゃない。

柴田 自分はやるけど、他人がやって、しかも超満員だった。あれは絶対猪木さん、「俺が関係ないのに、ここまで満員なのか」ってカチンときてた。間違いなく。

武藤 その辺、あの人のエネルギーの源だよね。ジェラシーというか。

柴田 あと、ムタとして福岡ドームで猪木さんとやった時(94年5月1日)もすごかった。

武藤 引退カウントダウンの試合なのに、そこからどんどんカウントアップしちゃったんだよね。

柴田 すごいって、そこじゃなくて(笑)。猪木さんがマイクで、「いつでも殺してやる」だの「腕一本くれてやる」だの「ふざけやがって」って。猪木さんにあんなこと言わせたのは武藤さんだけ。好き放題やられて悔しかったというか。

武藤 まあ、俺はね、猪木さんの顔がムタの毒霧でグリーンになったらそれでよかったんですよ。勝負論を展開するあの猪木さんが緑だったら、それだけで俺はハッピー、ハッピーだったの。
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