武藤敬司インタビュー “アントニオ猪木1万円事件”とは!? (3/5ページ)

日刊大衆



柴田 勝った!と。

武藤 勝ったというか気分はよかった。小川(直也)とグレート・ムタの試合(97年8月10日)でも、レフェリーやった猪木さんに毒霧吹いてるくらいだから。

柴田 あったね。試合もはじまってないのにいきなり。猪木さん、びっくりした感じで。

武藤 猪木さんとは、俺、いい距離感でいたと思うよ。橋本みたいにベッタリになると危険じゃん。

柴田 会話はあったんですか。
武藤 いまでも覚えてんのが、新弟子で入ったばっかの時に、猪木さんがブラっと道場に練習しにきて、帰る時に、「おい、武藤。タクシー代貸してくれ」って。俺、1万円貸したの。

柴田 新弟子から。

武藤 そうだよ。しかもその1万円、まだ返してもらってない。スゲー根に持ってる。あの時の1万円ってデカイから、いまの比じゃない。だから忘れない。

柴田 道場で猪木さんとスパーリングはされました?

武藤 やったよ。

柴田 意外と変な仕掛けをやっちゃったとか。

武藤 そんなことはないけど、まあまあ……。

柴田 まあまあって(笑)。

武藤 スパーリングはやりやすい人ですよ。変に素人だと、やりづらい人もいるじゃないですか。とはいえ、猪木さん、決して運動神経のいい人じゃないんだよね。

柴田 球技やらせたら全然ダメ。武藤さんは何やらせてもいけたというか。

武藤 まあ、俺は運動神経いいから。

柴田 でも、存在とかスター性とかで考えると、武藤さんが猪木さんを一番継いでる気がするんですけど。リング内だけかもしれないけど、発想も常人離れしてるし。卒塔婆(そとば)使ったり。

武藤 ああ、新崎人生とやった時(96年4月29日)。

柴田 猪木戦と並ぶ、僕のムタのベストバウトでしたね。卒塔婆で殴って、折れたのに、人生の血で「死」と書く。こっちの予想以上のことやってくる。プロレス頭がスゲーなーって思いましたよ。

武藤 帰り、交通事故に遭うんじゃねえかと思ったよ。

柴田 あの試合が、ドクロムタの走りでしたよね。
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