天龍源一郎の新日本G1参戦に猪木がキレたワケ (2/4ページ)

日刊大衆

開幕前から盛り上がるうえに、はじまって勝ち上がっていくと、日々、周囲も熱くなってくる。レスラーとして快感があった。若い選手と闘うってのは、自分の気持ちをリフレッシュさせてくれるし、それはそれで楽しかった。

――G1といえば国技館。国技館というと、大相撲からプロレス入りした天龍さんにとって、特別な思いはありますか?

天龍 両国連戦は飽きるな。同じ景色に、しかも真夏。「もういいや」って気持ちのほうが先に立ってしまった。でも、アウェイ感という意味では、新日本一色の観客の中に放り込まれるわけだから。「飲み込まれてたまるか」って乗り込んでいく気構えは持っていた。なにしろ新日本の選手と闘う時は「なにやってもOKだ」という気持ちだったし。気楽だから、メチャクチャやっていた。べつに自分のところの選手じゃないし。「なにがあったって、オファーしたおまえらが悪いんだろ」ってね。

――天龍さんはどこのリングにあがっても拍手と歓声を集めていましたが。

天龍 いや、そうでもなかった。最初はワ~ッとなっても、はじまったら新日本。だからこそ、ことさら楽しかったけど。G1に出て、1週間、2週間の大会を乗り切ったというのは、すごい自信になる。シリーズで転戦に慣れているレスラーにしてみれば、気分転換も難しく、コンディション、テンションを下げないで同じレベルでやっていくのは、なかなか難しいんだよ。

――今年のG1は約4週間の長丁場で日本各地を転戦でした。両国は最後の3連戦。その前には後楽園3連戦でした。

天龍 G1のリングに上がれるだけで、レスラー冥利につきるんだ。出場する選手は自覚して、見にきたお客さんに「チケット代以上の試合をやる」ってのが礼儀ってもんだよ。
馬場さんは現実的、猪木さんは夢を語る

天龍の2回目のG1出場(04年)を、猪木が反対したという話がある。当時の交渉役が猪木にG1出場メンバーを報告にいったところ、天龍の名前に難色を示した。猪木は94年の1・4東京ドーム大会で天龍に負けたままで、リターンマッチのチャンスがなかったことに、こだわっていたという。

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