「略奪美術品」に揺れるヨーロッパ …今なお残るヒトラーの影 (2/3ページ)

FUTURUS

“健康的”なそれはナチスの主催する展覧会に出展されるが、“退廃的”なものは退廃芸術展にて侮辱的に晒されるかヒトラーユーゲントの団員の手で燃やされるか、あるいは外貨獲得のための商品になるかであった。グルリット氏の父親は略奪絵画の売買を仲介し、またナチス幹部とも懇意の仲だった。空軍大臣ヘルマン・ゲーリングも、顧客の一人だったという。

つまりグルリット氏は、父親の抱えていた“在庫”を遺産として相続していたわけだ。だが問題は、例のアパートを捜索した時にはグルリット氏も高齢だったということである。

そして翌年の5月、グルリット氏はこの世を去った。その直前に彼は遺言を残している。「私の遺産は、すべてスイスのベルン美術館に寄贈する」と。


■ 絵画の寄贈先

グルリット氏がドイツ国内の美術館を寄贈先に指定しなかったのは、家宅捜索した当局への恨みと言われている。だがいずれにせよ、この遺言で問題が国際的なものになってしまったのは事実だ。

美術史に輝く貴重な作品がタダで手に入ったのだから、ベルン美術館としては万々歳……とは当然ならない。グルリット氏の絵画を下手に受け入れると、その作品の所有者だった人物の遺族が美術館を提訴する。一件二件ならまだしも、いかんせん問題の絵画点数は千を超える数だ。その裁判費用は天文学的なものになるに違いない。

また、ナチスの略奪被害を受けた国の政府も黙っていないだろう。スイスは戦時中、国民皆兵制度によりヒトラーの侵攻計画を銃弾一発撃つ前に頓挫させた国だが、対応を一つ間違えればスイスも「枢軸国」と見なされてしまう可能性がある。それだけは避けねばならない。

だからベルン美術館は、グルリット氏の絵画の受け入れには同意したものの、元の所有者が判明した作品は受け取らなかった。こうした経緯を文章で書くのは非常に簡単だが、当事者の決断は我々一般人の想像では計れないほどの苦労だったはずだ。

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