「略奪美術品」に揺れるヨーロッパ …今なお残るヒトラーの影 (3/3ページ)

FUTURUS

現にベルン美術館理事会のクリストフ・ショイブリン会長は、

「私の職業人生の中で最も困難な決断だった」

というコメントを残している。


■ ヨーロッパ美術受難の時代

このようにヨーロッパの美術作品は、アドルフ・ヒトラーという憎悪の塊のような男にその身を奪われるという時代があった。

歴史的に重要な作品も、その例外ではない。たとえば11世紀のノルマン・コンクエストを描いた壮大な刺繍画『バイユーのタペストリー』は、フランスを占領したドイツがバイユーから持ち去ってしまった。ノルマン・コンクエストとは、ノルマンディー公ウィリアム1世によるグレートブリテン島征服を指す。昔の英雄の業績をたどることに熱心だったヒトラーは、親衛隊に命じてバイユーのタペストリーをパリへ輸送した。いずれはベルリンへ、という腹積りだったのだろう。

現にヒトラーは、1944年に連合国軍がパリへ足を踏み入れた時もタペストリーに執着した。「至急、タペストリーをドイツに送れ」と命令している。それが実行されなかったのは、すでに連合国軍がルーブル美術館の周辺に達していたからだ。そうでなければタペストリーはベルリンに輸送され、結局は翌年4月のソ連軍総攻撃のドサクサで消失していただろう。そうならなかったのは、奇跡と言う他ない。

指名手配されているナチス関係者の追跡は、今や当人の高齢化によりその追跡活動は年々縮小しているという。だが略奪美術品はそうではない。むしろ指名手配犯追跡に費やされていた労力が、いよいよこちらに向いてきたという感さえある。

失われた美術品は、実は我々の身近にあるのかもしれない。

【参考・画像】

※ ナチス略奪絵画1500点発見、独アパートに隠され半世紀(AFP)

※ ナチスの略奪絵画 旧所有者への返還に道 独政府協力、スイス美術館受け入れ(Sankei Biz)

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