「16世紀のホラ吹き男」から学ぶ!? 売れっ子作家になる方法

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「16世紀のホラ吹き男」から学ぶ!? 売れっ子作家になる方法

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日本にとっての16世紀は、戦乱の時代だった。

日本史の中で最も大衆の注目を集める時代区分といえば、やはり戦国時代と幕末だ。NHKの大河ドラマも、この二つの時代を交互に扱うということが近年では定例化している。逆に戦国でも幕末でもない時代の作品は、視聴率を集めるのが難しいらしい。

戦国期と幕末期。この二つには、ある大きな共通点がある。外国人の手による史料が多いということだ。

日本の感性、価値観とは一切関わりのない異国人が書き残した文書は、現代の日本史研究において非常に重要な役割を果たしている。たとえば戦国期の日本人がどのような日本語を話していたかという研究に、当時の日本来航ポルトガル人が作成した『日葡辞書』は欠かせない。「自分たちが普段どのような言葉を使うのか」などということを、いちいち記録している者はいない。そういうことを書き留めるのは外国人くらいだ。

だが日本を訪れた者の中には、とんでもないホラ吹きもいる。悪意をもって出来事を捏造した、ということとはまた違う。どの国にも必ず一定数存在する、「あの時俺はこんな凄いことをしたんだ」と胸を張って主張する類の人物だ。

彼の名は、フェルナン・メンデス・ピント。あまりの大ボラ吹きのおかげで、世界史に名を刻むことができた男である。


■ 鉄砲を伝えたのは俺だ!

“鉄砲”という新兵器が、戦国期の日本を大きく動かした。この歴史的事実は、日本人なら誰もが知っている。

そしてその鉄砲を日本にもたらした人物も、非常に有名だ。アントニオ・ペイショット、フランシスコ・ゼイモト、アントニオ・ダ・モッタという三人のポルトガル商人である。

だがこの三人を差し置いて、「俺こそが日本に鉄砲を伝えたんだ!」と叫ぶ男がいた。

「俺は今までに何度も戦争に参加して手柄を立てて、商売でも大成功を収めた英雄だ!」

冗談ではなく、真顔でそう主張するフェルナン・メンデス・ピントという男。彼に言わせれば、日本に鉄砲をもたらしたのも自分だそうだ。

しかも、その際のエピソードが凄い。ある土地で知り合った若武者にピントが持ってきた銃を見せてやると、若武者は「自分も撃ってみたい」とせがんだ。「そうそう簡単に撃てるものじゃない」とピントは断ったが、若武者は彼の寝ている隙を狙って鉄砲を持ち出し、見様見真似で射撃してしまったのだ。

その際、火薬の詰め過ぎで銃は暴発。若武者は瀕死の重症を追う。彼の両親と家来は、その様を目の当たりにして怒り狂った。「この南蛮人を殺してしまえ!」。だがピントは毅然とした態度で、こう言った。

「俺に任せてくれ。彼の傷は必ず治す」

ピントはそう言い切り、早速若武者の治療に取りかかった。彼の傷は深かったものの、ピントの献身的な治療により何と1ヶ月足らずで全快してしまったのだ。

しかもその若武者というのが、あの大友宗麟の弟に当たる大内義長だというから驚きである。

もっともこれは、ピントのホラだというのが一般的な見解だ。義長が鉄砲の暴発で負傷したというくだりは本当のようだが、彼を治療したのはピントではないそうだ。

つまりピントという男は、旅すがら他の航海士や商人から聞いた話をそっくり自分の業績にしてしまう癖があったのだ。


■ ホラだらけの自伝

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ピントのホラはこれだけじゃない。彼が後年書き残した『遍歴記』を総括すると、

「俺は21年もの長い航海の中で、オスマン帝国や中国の皇帝の軍隊と勇敢に戦ってその度に戦果を上げた。海賊退治もやったし、そいつらに生け捕りにされたこともある。17回も奴隷として売り飛ばされたが、俺はいつも脱走に成功してまた一からベラボーな財産を稼ぎ直した。

そうだ、俺はあのフランシスコ・ザビエル神父様の知り合いだったんだぞ。神父様を日本に連れてこられたのも、俺の手ほどきがあったからだ。ついでに俺は日本に鉄砲を伝えたんだ。それから俺は――」

終始このような調子である。確かに当時の冒険商人でしか知り得ない情報に満ちてはいるが、ピントはあちこちで起こった事件の当事者をすべて自分だとしている。

だから、本国ポルトガルでは「フェルナン・メンデス・ピント」という名はホラ吹きの代名詞になった。誰しもがピントの本の記述を、「またホラが書いてある」と言って笑った。本など読んだことのない子どもですらも、いつの間にか「ホラ吹きピント」という言葉を使っている。

すなわち、それだけピントの本が売れたということだ。


■ 物書きの「自己抑制」

「事実の改竄」と「ホラ」は、似ているようで大きく違う。

ホラ吹きがなぜホラを吹くかと言えば、それは「人を楽しませるため」である。自伝を書くという作業は、著者がどのような経歴の人物であってもいざ書いてみると、案外つまらないものに仕上がってしまいがちだ。文章というのは恐ろしいもので、どんなに劇的な人間の半生記でも起こったことをただ箇条書きすれば、それは至極平凡な人生に見えてしまう。

平凡なことしか書いてない自伝を買う奴はいない。ならば、旅の先々で聞き及んだ事件に無理やり俺を登場させてしまおう。万里の長城のことなんか、俺は他の商人から話を聞いただけだ。だが俺の自伝には「万里の長城の建設作業に携わった」と書いちまおう。そうすれば、みんな俺の自伝を笑いながらも熱心に読んでくれるはずだ。

こういう態度でいれば、少なくとも文章の中で他人を中傷してしまうことはない。ピントの文筆家としての態度は、非常に優秀と言える。

インターネットの普及した現代、「物書きになりたい」「作家として収入を得たい」と考える人が増えた。ブログやSNSで自分の意見を世間に公開することが容易になり、その流れでもしや自分も物書きとして稼ぐことができるのではと考えてしまう。

だが、いざそれをやろうとすると殆どの物書き志願者が「自分に書けるものがあまりない」という現実に突き当たる。その悩みを解決する手っ取り早い手段が、「事実の改竄」と「他人の誹謗中傷」だ。特に話題の有名人の言葉を頭ごなしに嘘と決めつけ、「実はこれこれこういうことが真実だ。あいつは嘘つきだ」と言えば、日常生活の退屈に不満を持つ一部のネットユーザーはすぐに飛びつく。

ネット上に飛び交う心ない罵詈雑言は、結局はそうした負の心理に基づくものだ。いつでもどこでも己の主張を公にすることができる現代、我々は文章を書く上での「自己抑制」を真剣に考えなければならない。

そのためのヒントを、16世紀の偉大なホラ吹きが教えてくれている。

【参考・画像】

※ Africa Studio/shutterstock

※  CoCoRo cafe / PIXTA

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