ノゲイラ引退から考える「総合格闘技と日本人」 (3/4ページ)
その“繊細な技”が柔道によるものなのか空手によるものなのかという議論はあるものの、「技巧的な“牛若丸”が馬鹿力だけの“武蔵坊弁慶”に勝利して当然」という先入観が、生まれながらに備わっているのが日本人なのだ。
だからこそ、サップの快進撃に日本のファンは恐怖を感じた。このままでは、格闘技の経歴など皆無の“弁慶”がチャンピオンになってしまう。誰しもがサップを倒してくれる“牛若丸”を探していた。
……ホドリゴしかいないではないか。彼なら、きっとサップを倒してくれるに違いない。
2002年8月28日、国立競技場で開催された『Dynamite!』は、実に9万人の観客を集めた。全8試合中、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ VS ボブ・サップのカードは第6試合だったが、これが実質のメインイベントだったことは誰の目にも明らかだ。
結論から言えばこの試合、ホドリゴは薄氷を踏むかのような展開でようやく勝利した。体重差が55キロもあったとはいえ、サップは“ただのデクノボウ”ではなかったのだ。それどころかサップは、ホドリゴが試合中に放ったタックルをすべて切り、サイドポジションを取られた場面からそれを見事にひっくり返している。これらの寝技のパフォーマンスは、先述のコールマンを凌駕していた。
だが、当時の日本のファンは、これらの展開を「サップの並外れたパワーによるもの」と解釈した。何しろこの試合はホドリゴが“牛若丸”、サップは“弁慶”である。そうでなければいけないのだ。
総合格闘技を一つの純粋な競技として捉えず、「この勢力とあの勢力の決戦」と考える日本人の思考回路。見方がどうしても“ヒーローとヒール”という構図になってしまう日本人の観察眼。
ホドリゴとサップの試合は、そうした“日本人の癖”を露呈させたきっかけでもあった。
■ 総合格闘技は「異種格闘技戦」ではなくなった
今考えると、あの日が日本の総合格闘技ブームのピークだった。
結局、我々の国のマット界はその後衰退していく。その原因はつまるところ、多くの日本人にとって、総合格闘技とは、自らのアイデンティティーを刺激する場に過ぎなかったという点かもしれない。