【東京五輪エンブレム問題】日本の家紋に見る優れたデザイン性 (1/2ページ)
2020年東京五輪のエンブレム問題は、なぜ白紙撤回するほどの騒動になってしまったのか。いま一度考えてみたい。
大会組織委員が改めてその選考過程を説明する上で、その原案とされるデザインを公開したわけだが、なぜこれほどまでに批判が多いのかを考えてみると、そもそもパクリ問題云々以前にデザインそのものが愛されていないことにその端緒があるのではないかという気がしている。それは個人的な嗜好としての意見も含むが、何だかこのデザインとしての違和感は平城遷都1300年記念に選ばれた「せんとくん」に近い「そうじゃない感」を覚えている。
もちろん、そうは言いつつも、これはあくまで素人目の意見に過ぎないので、確かなこととして言うつもりはないが、少なくとも周囲のデザイナー関係の知人に確認しても、やはり、業界的にもこのデザインに対する反応は芳しくないという。それでは一体このデザインの何が気に食わないのだろうか。このあたり、少し自分なりに考えてみたいと思う。まずはそのデザインの形状面から。
その見た目は見ての通り非常にシンプル。ほぼほぼ丸と四角と三角の組み合わせで、三角の一辺に若干カーブがかっていてもほぼほぼこの三つの組み合わせから成り立っている。しかも、原案にはそのカーブすらなく、正直誰でも作ろうと思えば作ることのできるデザインと言えるだろう。事実、エクセルでも作れるんじゃないかと試してみたら、「Tokyo」のフォント含めて、近いものが簡単に出来てしまう。これは何とも単調すぎはしないだろうか。
もちろん、そこはあくまで個人的な嗜好による意見なのかもしれないが、少なくともこのエンブレムの対象はあくまで一般国民を対象にした祭典である以上、ある程度の共感性を求めることは大事なんじゃないかと思っている。ピカソの絵のように高度な感性がないと読み解けないと言うのであれば、それはデザイナーのエゴであり、ベルギーの劇場のように芸術性がそれなりに強く求められる場所とはわけが違う。この一般大衆との感覚的乖離が、多くの国民からの同意が得られない節はある。
そして、二点目がデザインにおけるコンセプト面との乖離。やはり、スポーツの祭典である以上、それなりの躍動感に近いポジティブさが欲しいが、中心に黒い線では、重苦しくて健康的に見えない。ネットでも招致ロゴの方がいいという声が多かったが華やかな点では私も同意見である。ただ、日本的という点ではいささか和的なエッセンスを感じにくいところがあるから、その点では、スペイン在住の日本人デザイナーが考案した扇子をモチーフにデザインの方がマッチしていると思っている。事実、ネット上では外国人からの反応もこちらの方が高いようだ。そう考えれば、あくまで嗜好の問題とは言え、オリンピックは、その国の魅力を伝える数少ない機会の一つと考えれば、もう少しジャパン・ブランドの意義において、もう少し配慮が欲しいところではある。