北里大の大村教授で話題の! 最高の名誉であるノーベル賞を5回も受賞した「一家」がいるって本当? (1/2ページ)

ノーベル賞史上、女性初の受賞者であるマリー・キュリーは、初の複数回受賞者でした。日本ではキュリー夫人という呼び名の方が知られているでしょう。現在でも、化学賞と平和賞の受賞や、同じ分野で2回の受賞ならありますが、彼女のように化学・物理の2強制覇はいまだに彼女だけ。夫や娘夫婦も合わせて5回も受賞したノーベル賞一家なのです。
■2回のノーベル賞受賞
マリーは、1867年ポーランドで5人兄弟の末っ子として生まれました。当時のポーランドは他国に支配される国であり、反抗しようものなら投獄され、財産を没収されることも。言葉や文化を弾圧され、ついには教育者だったマリーの父も地位をはく奪され、母は結核を患う。一家はとても貧しかった。
しかし彼女は優秀な成績で中高一貫校学校を卒業します。大学への進学は当時の女性が選択できるものではなかったのですが、家庭教師の仕事を経て、結果的にパリのソルボンヌで学ぶことができました。相変わらず貧乏ではあったが、恋愛も結婚も人生から除外し、全力で知識を習得していきました。マリーにとって、実りの多い、孤独な時間でした。
そして、物理学の学士号試験で首位を取り、その翌年に数学の学士号を取ろうとしていたとき、マリーは自分の運命を変える相手に出会います。それは、のちの夫、ピエール・キュリー。
学問を修め、ポーランドで教師になろうと考えていたマリーへ、すでに科学者として名のあったピエールは、妻になってほしいと頼み、何通もの手紙を送りました。そして2人は夫婦になります。
1896年、マリーはアンリ・ベクレルの論文に興味を持ち、物理化学学校の薄暗い倉庫で、こつこつと実験を始めます。それは夫も巻き込み、まず「ポロニウム」という新しい物質を発見し、次に「ラジウム」を発見しました。
このとき、夫妻にはすでに娘が生まれ、そう裕福ではない生活をしていました。しかし、ラジウムの技術に関しての特許は取りませんでした。