戦時の小説家が行っていた「戦争協力」とは? (2/3ページ)

新刊JP



――直木賞を受賞した『蜩ノ記』をはじめ、歴史を題材に様々な作品を発表されている葉室さんですが、歴史小説を専門に書かれる理由を教えていただけますか?

葉室:司馬遼太郎さんの読者の世代ですから、司馬さんの作品を通して歴史の面白さを昔から感じていたというのが一つあります。ただ、今は日本人の歴史認識のところに考えがいきますね。
個人的には、日本人の歴史認識は、太平洋戦争の終戦からストップしているように思っています。歴史というのはほとんどの場合、戦いや争い事に「勝った側」が前の世代を規定する形で定められていくわけです。だけど、日本の場合は戦争に負けたので、国内に歴史を定めるべき「勝者」はいません。それもあって「日本の歴史はこうだ」と日本人としての共通の位置づけがされにくくなっている気がしています。だから、いわゆる近現代史的な太平洋戦争についての認識だけではなくて、もっと長いタームでの歴史認識が日本人には必要なんじゃないかという考えもあります。

――古くから様々な方が歴史を題材に小説を書いています。それぞれの個性というのはどのようなところに表れるのでしょうか。

葉室:現代の作家さんについては本当に人それぞれとしか言いようがないのですが、僕らの先輩の司馬さんだとか藤沢周平さんのような戦争を経験されている世代の方々が書く歴史小説というのは、僕らが書いているものとはまた違った意味合いがあるのかもしれません。
たとえば司馬さんは昭和の戦争に兵士として行っていましたから、その経験は何だったのだろうかということをずっと問いかけていて、おそらく当時の若い自分への回答として小説を書かれていたんだと思います。
吉川英治さんにしても、戦争についての考え方は戦中と戦後では違っていたはずです。
『黒田如水』は戦時中に書かれた作品なんですけど、兵庫の有岡城に囚われていた如水が戸板に乗せられて担ぎ出される場面があります。その時の如水は体がボロボロで、そんな状態でも織田信長の前に出て、「これはすべて国の礎になればいいんです」という話をする。これって、当時戦っていた戦争で捕虜になった兵隊の「模範解答」だったとも取れますよね。
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