【クルマを学ぶ】大型車両とサスペンション 「大きなクルマ」はこうして進化した (3/3ページ)
不整地での走行性能と速力を兼ね備えた戦車こそが戦場の王に君臨すると、赤軍所属の技師たちは確信していたのだ。
そしてその確信は現実のものとなる。
1941年6月、世界一の装甲師団を有するドイツ軍は、ソ連領内に突如侵入した。ここに、第二次大戦で最も熾烈を極めた独ソ戦が始まる。
だがヒトラーが手塩にかけて育てた装甲師団は、すぐさまソ連軍のT34戦車に悩まされることとなる。
被弾してもその貫通を許さない形状の車体、強力な主砲、火災の危険性が少ないディーゼルエンジン。そして何よりも、あらゆる地形での行動を可能にする『クリスティー式サスペンション』がドイツ軍の脅威として立ちはだかった。
ソ連軍戦車兵は誰しもT34を“戦場の王”と讃え、改良設計を担当する技師たちに「もっと弾薬と燃料を詰めるようにしろ」と気炎を上げた。
そしてついに、T34はドイツ軍を駆逐してしまうのだ。
■ 戦争がもたらすもの、サスペンションの「光と影」
ヒトラーの野望を打ち砕き、戦場に燦然と輝いたT34。だが『クリスティー式サスペンション』は、終戦後にその役割を終えることになる。
素材の良質化に伴う『トーションバー式』機構の改良は、『クリスティー式』のそれを次第に越えていった。
戦後に開発された戦車はこぞって『トーションバー式』を採用し、民間向けの装軌作業車両もそれに倣った。
「戦争は技術を進歩させる」というのは確かに事実だが、同時に「戦争でしか輝けなかった技術」というのも存在する。
残念ながら、『クリスティー式』はその後の大型車両史に爪痕を刻むことはできなかった。
そういった面でも、“光と影”はやはり存在するのだ。
【参考・画像】
※ サスペンションとは? – Craft
※ 第3回 戦車史を変えた画期的な戦車「クリスティ戦車」 – 歴史人
※ Nejron Photo / Shutterstock