新しい警察小説『影の中の影』の創作秘話――月村了衛インタビュー(前編) (2/4ページ)
ただ、そのシステムやノウハウを作ったのは主人公自身ですから、返し技もわかっているわけです。
そんなわけで、ふとしたことから追われる立場になった元キャリアの警察官が、公安側が仕掛けた数々のトラップをかいくぐって逆襲するという話を編集者の皆さんと打ち合わせをしながら考えたら、それはおもしろいと乗り気になってくれました。私もすっかりやる気になってですね、家に帰ってプロットを書こうとしたんですよ。そしたら、あれっ?と……。
――どうしたんですか?
月村:実際に取り掛かろうとして、ものすごく難しいことに気がついたんです。主人公が公安の追い込みを切り抜けていく話を書くには、公安のテクニックやノウハウを10個や20個は用意しないといけないでしょう。たくさんの仕掛けをことごとくかわしていくから面白いんですから。でも、とてもじゃないけどそんなに思いつかなかった。
まして、終戦間もない頃とか、昭和三十年代が舞台ですから、たとえば道路一本とっても、この道が当時あったかどうか、というようなことを調べないといけないわけです。当時の地図は探せばあるはずですが、地図があったとしても、そこの街並みだとか建物の感じまで書くのはちょっと難しいだろうと。藤田宜永さんなどはそういった資料や地図を長年集積なさっていて、きちんとお書きになっているのですばらしいなと思いますが、私はそこまで準備がないものですから。
――構想を考え直さないといけなくなってしまった。
月村:そうですね。もう一度新潮社に行きまして、「すいません、やっぱりだめでした」と(笑)。じゃあどうしようかという話になるわけですが、舞台はやはり現代じゃないと商業的に難しいという気はしていました。読者がついてきてくれないだろうと思っていた。
でも、物語にスケール感を出したい思いはありましたし、すごいヒーロー像を新しくつくり出したとして、そのヒーローが背負っているものは昨日今日だけではないはずでしょう。重いものをたくさん背負いこんで今日まで生きてきた歴史があるはずです。そういうことを踏まえて、どんな主人公、どんな構成がありえるかを考えていった時に頭に浮かんだのはトレヴェニアンの『シブミ』でした。邦訳されたのが1979年で、当時かなり話題になった本です。