ハーフライターの疑問! 日本の「結婚“できる”」という言い方に抱く違和感 (2/2ページ)
メディアが取り上げる「結婚できない男性」はコミュニケーション能力がなかったり、収入が不安定だったりなどといったテーマと結び付けられがちなため、結婚できない男性イコール能力が伴わない人(逆に結婚できる男性はこれらのことをクリアしている男性)ととらえられることが少なくありません。それにしても日本人はヨーロッパの人(主に北ヨーロッパ)と比べると「結婚」にこだわるなあ……と思います。収入が不安定ならば、それをなんとかしたいというのは自然ですし、コミュニケーション能力がないことに悩んでいるのなら、それを何とかしたい、というのも自然な流れなのかもしれません。けど、それらのことをいわば「結婚できるために、なおしたい」(または親側が、なおさせたい)というのはなんだかなあ・・・なんて思うのでした。ゴールが結婚で本当にいいのでしょうか。
世界を見ると、結婚していても人格的に問題のある人なんてわんさかいるのですから、「結婚できる」「結婚できない」という言い方やめませんか。
サンドラ・ヘフェリン
プロフィール/ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴18年。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフといじめ問題」「バイリンガル教育について」など、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。コミックエッセイ「『小顔』ってニホンではホメ言葉なんだ!?」(KKベストセラーズ。原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: 流水りんこ)が発売中