【世界の街角】世界で最も美しい街といわれる、パリの街並の秘密 (2/4ページ)

オスマン男爵は1853年から1870年まで17年にわたって大規模な都市改造を実行しました。
非衛生的なパリに光と風を入れることを主目的として、幅の広い大通りが設置されるとともに道路網の整備が行われました。
さらに街区の内側に中庭を設けて緑化を行い開放的で衛生的な街を整備していきます。
計画を実現するためにスクラップアンドビルドという形で容赦なく建物を強制的に取り壊し、新しい計画のとおりに建物や公園を建設していきました。
それに伴い、当時から騒乱の原因となっていたスラムが排除され、パリに治安の秩序と衛生的な環境がもたらされます。
しかしながらこの大改革について、当時の評価は賛否を巻き起こしています。
スイスの建築史家ジークフリード・ギーディオンはその著書『空間・時間・建築』のなかで、改造後のパリの街を「まるで衣装棚のように、画一的な大通りの裏側にあまりにもひどい乱雑さが隠されている」と批判しています。
さらにこの大改革の後、アレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルが設計し建設されたエッフェル塔も、建設前には多くの芸術家たちが連名で建設反対の陳情書を提出しています。