「1日1日反省しています...」川崎中1事件から301日、現場に残された「赤い手紙」【現場2015】 (3/4ページ)
実際、記者が現場に滞在していた1時間ほどの間にも、3組ほどの弔問客が訪れ、沈痛な面持ちで少年の死を悼んでいた。
献花が消えた理由は、「お知らせ」と記された立て看板にあった。そこには、「川崎市として6月30日午前10時を目処に、現場周辺の献花、供物等の一切を整理させていただくことにしました」といった文章が。加えて、7月以降は献花等の供物を控えてほしいとのお願いも記されていた。4月に供物が原因で火災が発生したことや、遺族からの意向がその理由だという。

看板の全文
ただ、こうした看板があるにも関わらず、河川敷の一角には供物とみられるものがいくつか。いずれも、遺体の発見現場から20メートルほど離れた場所に作られた、被害者の少年の名前を冠した花壇周辺にあった。
現場周辺で見つけた「メッセージ」冬場ということで花壇には何も植えられていなかったが、その代わり1つの供物がぽつんと置かれていた。

ボランティアの方が作った花壇

手紙と文庫本が
このビニール袋のなかには、数十枚ほどの手紙が入っているのが透けて見える。近づいてみると、字の形から小学校低学年ほどの児童が書いたものとうかがえる。手紙のほか、一冊の文庫本が入っていたことが目視で確認できた。どこかの小学校教師が、道徳の授業などで事件を取り扱い、生徒が被害者少年へのメッセージをつづったのだろうか。