元ジャニーズ・平本淳也が見た"SMAP解散騒動"と帝国崩壊の綻び (2/4ページ)
組織のトップに呼び出されて一方的に恥をかかされることに自分にメリットなどない。叱られて否定してまた叱られて、挙句には出て行けとまで言われたら一般的に考えても「じゃあ辞めてやる」くらいの思いは誰にだって沸々くることだろう。
SMAPをはじめとする多くの人気グループを抱えるチーフマネージャーとして、室長として、またジャニーズ関連会社の取締役まで担っている飯島さんは、お茶汲み事務員という立場から現在まで30年間も組織に身を投じて貢献してきた人物だ。その経緯と誰もが認める実績も重ねてきている立場なのに、この仕打ちはないだろうと周囲も感じていたのは確かである。
1年前に「辞めろ」と言われ、1年後の今「辞めます」という時間は妥当な準備期間だったに違いない。ジャニーズ事務所も創立から50年以上も経ち、設立(法人)からも今月(1月)で41年目となるが、その黎明期よりスタッフとしてジャニーズに貢献してきた人物は僅かであり、飯島さんも20代から現在まで多大なる貢献をしてきた功労者であることは間違いない。
ジャニーズ事務所に限ることではないが芸能界には"人の出入り"が多く、タレントと同じく裏方のスタッフも安定的ではない。とくにジャニーズ事務所は業界の最大手として仕事量と忙しさは半端ではなく、タレントの若い男の子の扱いという部分でも苦労は計り知れない。僕個人の印象からしても、スタッフはみんな疲れているなあと常々思っていた。
ジャニーズ事務所に君臨する"姉弟トップ"に従い、過酷な芸能界での業務をこなし、いらぬ噂や疑惑にも耐えつつ、人間的な尊敬を得られなかった日々は胃も痛くなる毎日だっただろう。相当の立場や収入は得ていたとしてもだ。また、メリーさんが「ジャニーズ事務所の跡継ぎはジュリーだ」と初めて公言したのも1年前だったが、飯島さんからすれば「社長になりたくてやっている訳ではない」という心情で、否が応にも比べられること自体が苦痛だっただろう。ジュリーは、メリーさんの実娘で直々に帝王学を学んできた後継者であることはその昔から知られてきたことだ。それをあえて問題とされ矢面に出された飯島さんは我慢も限界だったということが理解できる。