東京駅、夜8時、ロレックス、35歳【東京婚活リアリティ】 (2/3ページ)
「こんなに落ち込むなんて、本当に情けない・・・」
グラスの中に細かく立ち上る泡を見つめる。スマホには通知が何件か来ている。今日は誰の名前も見たくないと、電源を切った。
こんなとき、結婚している女は自宅に帰って夫の胸に甘えるのだろうか。独身の私には、帰っても誰もいない。甘えたメールを送る男もいない。ひとり身は楽しいが、それを謳歌する自分を恨んだりするのだった。
さっきの女の一人客には連れが来たようだ。なんだ、待ち合わせだったのか。
「こんな時間にふてくされてほおずえついて、女がひとりで飲んでるのは私だけね」
◆◆ロレックスの男ビールがすすみ、気がついたらオリーブだけで3本のビールを飲み干していた。ヒューガルデン、シメイブルー、ベックス・・・。色の違うボトルをテーブルに並べていった。
空きっ腹に飲んだので、感覚がぼんやりしてきた。さっきまでの嫌な気持ちも溶けていく。嫌な後味がシミのように残る。
ため息をつくと、隣にいた男が声をかけてきた。
「そりゃ女子の飲み方じゃないな」
はっとして視線を向けると、年上の男が一人座っていた。頬がふっくらし、目が大きく、くちびるの薄い童顔の男だった。
白シャツの上に何気なく羽織るジャケットは、ボタンが外され内側からドーメルの四角いタグがちらっと見えた。少し疲れたネクタイは緩められ、左手にはロレックスの腕時計が鈍く光る。
(ナンパか・・・)
いつもはナンパを断わるが、今日は拒否をしない。男の顔に、ナンパ男が持つ独特の下心が浮かんでいなかったからだ。
事情を知らない男に、何もかも全て話したくなった。
「ねえ、いままで自分が情けなくなったことがある?」
「あるよ」
男はKENTを器用にくわえて火をつけた。煙が細く登っていく。
話し相手が欲しかった自分を確かめるように、店の雑音の中で、美帆子の方から今日の出来事を話し出した。
さらさらと砂時計のように愚痴を言う美帆子。男は黙々と、やさしい小雨が降るように、相槌を打ち、小石を並べるようにアドバイスをした。