腐乱防止の為には火葬よりも土葬?地域によって異なった様々な埋葬方法とは (2/2ページ)

心に残る家族葬



明治から昭和戦前期に活躍した九州出身の詩人 北原白秋は、彼が幼少の頃あったこととして、伝染病による死者を甕棺で埋葬する様子を描いた「青き甕」という詩を書いている。

その詩からは、九州北部では伝染病で亡くなった人を甕棺による密閉埋葬で葬る習慣が近代に入っても続いていたことがうかがえる。

■甕棺墓の起源は弥生時代?

九州北部と甕棺といえば、この地域には弥生時代の遺跡が多く、その中には甕棺を使った埋葬法の墓も少なくない。九州北部の弥生から古墳時代頃の甕棺についてはある程度歴史の本などで言及されることも多いが、それ以降の甕棺での埋葬の習慣は筆者の知る限りでは、きちんと研究されているとは余り言えない。

しかし筆者は、この甕棺で埋葬する習慣は伝染病で亡くなった場合など、特殊な事情による死者に限ってのことかも知れないが、九州北部では近代まで続いたのではないかと思う。白秋が幼い頃に見た甕棺による密閉埋葬も、弥生時代の甕棺にそもそものルーツがある可能性もある。

このように、火葬が日本全国で一般的になる前の日本では明治時代に入ってからも、一見同時代の日本国内同士とは思えないほどの異なる葬法があったことも知っておきたい。

「腐乱防止の為には火葬よりも土葬?地域によって異なった様々な埋葬方法とは」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る