ザック、ピクシー、バース……親日家になった外国人助っ人9選 (3/3ページ)

学生の窓口

監督就任前から日本にはいいイメージを持っていたそうですが、実際に監督になってからは本格的な親日家となったようで、2011年には「私は半分日本人だと思っている」と発言しています。また来日してから「ワサビ」が大好物になり、居酒屋で飲むのも好きだったようです。

助っ人外国人として来日して、半世紀も日本にいる人がいます。

●ロベルト・バルボン

元阪急ブレーブス選手で、キューバから来た助っ人です。阪急ブレーブスで1955年-1964年、近鉄で1965年にプレーしました。キューバ革命のため、祖国に帰れなくなってしまい現在も日本で暮らしていらっしゃいます。現役を退いた後は通訳などを務めました。性格が明るく、その愛嬌あるトークと「?」な通訳でファンからとても愛されました。

ダウンタウンの浜田さんによれば、当時は「バルボン! 背広買うたろかー」などの野次が球場に飛んでいたそうです(笑)。

サッカー日本代表監督を務めたジーコさんも大の親日家ですし、他にも親日家外国人助っ人はたくさんいます。日本に親しみを覚えてくれる外国人の皆さんが増えるのは、日本人としてうれしい限りですね。親日家の外国人助っ人というと、あなたはどんな人を挙げますか?

(高橋モータース@dcp)

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