未だ多くの謎に包まれる湖に浮かんだ遺跡「ポル=バジン」が消滅の危機(ロシア) (3/5ページ)
しかし、肝心な「なぜこの建物が建てられたのか?」という謎に対して明確な答えは出なかった。
また、もう1つの謎は住居の形跡がないということだ。放射性炭素年代測定による調査では、この「城砦」は770年から790年の間に造られたと考えられている。

出典: karapaia

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この時代は759年に亡くなった葛勒可汗の後を継いだ息子の牟羽可汗の治世にあたるため、牟羽可汗が造ったことになる。牟羽可汗はマニ教を受け入れ、国家の宗教と定めたことで有名だ。そのため、マニ教の修道院としてポル=バジンの健造を開始したということも考えられる。
しかし、牟羽可汗は779年に反マニ教のクーデターで殺されている。そう考えると、住居の跡がないのも説明がつく、修道院は一度も使われなかったのだ。とは言え、これらの説を確証できるような証拠は現時点では発見されていない。
謎に包まれたまま消滅の危機
未だに多くの謎に包まれているポル=バジンだが、その未来は危機に瀕している。