海外ではこう伝わっている。日本の江戸時代に関する10の史実 (4/8ページ)

カラパイア

・6. 俳句コンテストが一種の賭け事として人気


[画像を見る]

 五、七、五でなる世界的に有名な定型詩である俳句の源流は、俳諧という集団文芸にある。俳句とは違い、俳諧は本格的な芸術というよりはずっと手軽な余興であった。

 俳諧の最初の句を発句というが、俳句はこれを単独での鑑賞に耐える自立性の高い作品にしたものだ。松尾芭蕉のような俳人は俳句を芸術の域にまで高めた一方、多くの人々は室内ゲームとして熱中していた。

 俳諧が貴族階級や職業詩人以外にも広まり、やがて農民や町人にも嗜まれるようになると、前句付けという一種の賭け事興行が行われるようになる。これが大人気で、作品を募集すると、田舎の村々から数百点、ときには数千点もの作品が応募された。17世紀後半になされた京都でのある公募には1万点以上の作品が寄せられたという。

 俳人や上流階級の人間以外にも、様々な者が前句付けの公募に送る作品作りに励んでいたようで、ある俳人の日記には、女性や子供、果ては山賊まで俳諧を嗜むようになったと非難する口調で綴られている。

 こうした風潮には松尾芭蕉も感心していなかったようで、参加者を詩の世界を勘違いした者と批判している。・5. 離婚は日常茶飯事


[画像を見る]

 日本の他の時代とは異なり、江戸時代の離婚率は高かった。地域によってはなんと4割が離婚していたというのだ。離婚のすべてが届けられていたわけではないことを考えると、実際にはもっと高かった可能性もある。

 離婚を言い渡せるのは夫であったが、妻の両親にその力があることもあった。
「海外ではこう伝わっている。日本の江戸時代に関する10の史実」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る