海外ではこう伝わっている。日本の江戸時代に関する10の史実 (6/8ページ)
・3. 合法だが過酷な売春
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現在の日本において、売春は違法とされているが、1956年まで長きにわたって合法とされていた時代があった。江戸時代初期から大都市では、幕府によって遊女が遊郭に集められていたのだ。
秩序と風紀を守るために、遊郭には数多くの掟があった。各遊郭は高い壁に囲まれ、堀の前にあるただ1つの門からしか入ることができない。そこを訪れる客にも従うべき行動や服装に関する掟があった。また一般女性がここに足を踏み入れることは禁じられ、反対に遊女がそこから抜けることも非常に困難であった。
現代的な視点からは、江戸時代の売春はむしろ性的な奴隷であるといえよう。貧しい農民は借金の返済あるいは新たな借り入れのために娘を売っていた。遊郭側は女性や家族に厳しい契約とかわし、実質的に遊女が抜けられないようにしていた。
また地位の低い遊女の労働条件も過酷であった。適切な医療機関など利用できるはずもなく、性病が蔓延した。遊女たちは自殺や堕胎による合併症によって若死にするのが常であった。・2. 心中物が自殺を促す
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遊郭のお得意様は商人や武士だった。当時の身分制度において最下層とされていた商人であるが、実際には非常に豊かであり、その資金力で大きな影響力を発揮していた。
そのような中には時折、遊女に惚れ込み、身受けを望む者もいた。しかし高額な身代金を支払える者は少なく、そうした客をつなぎとめるための手練手管として、遊女が体の一部を切り落とすこともあった。髪を切ったり、爪をはいだり、さらには指まで切り落としたりして、それを最大限の誠意として客に与えたのである。
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現在の日本において、売春は違法とされているが、1956年まで長きにわたって合法とされていた時代があった。江戸時代初期から大都市では、幕府によって遊女が遊郭に集められていたのだ。
秩序と風紀を守るために、遊郭には数多くの掟があった。各遊郭は高い壁に囲まれ、堀の前にあるただ1つの門からしか入ることができない。そこを訪れる客にも従うべき行動や服装に関する掟があった。また一般女性がここに足を踏み入れることは禁じられ、反対に遊女がそこから抜けることも非常に困難であった。
現代的な視点からは、江戸時代の売春はむしろ性的な奴隷であるといえよう。貧しい農民は借金の返済あるいは新たな借り入れのために娘を売っていた。遊郭側は女性や家族に厳しい契約とかわし、実質的に遊女が抜けられないようにしていた。
また地位の低い遊女の労働条件も過酷であった。適切な医療機関など利用できるはずもなく、性病が蔓延した。遊女たちは自殺や堕胎による合併症によって若死にするのが常であった。・2. 心中物が自殺を促す
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遊郭のお得意様は商人や武士だった。当時の身分制度において最下層とされていた商人であるが、実際には非常に豊かであり、その資金力で大きな影響力を発揮していた。
そのような中には時折、遊女に惚れ込み、身受けを望む者もいた。しかし高額な身代金を支払える者は少なく、そうした客をつなぎとめるための手練手管として、遊女が体の一部を切り落とすこともあった。髪を切ったり、爪をはいだり、さらには指まで切り落としたりして、それを最大限の誠意として客に与えたのである。