聖子・明菜・キョンキョン…あの<黄金アイドル>の蔵出し秘話をプレイバック!(2) (1/2ページ)
明菜と同じく「花の82年組」だが、実は小泉今日子(50)はレコ大新人賞の5人の枠に入れず、当初は乗り遅れた形であった。
髪形も同期の堀ちえみや石川秀美と同じく「聖子ちゃんカット」だったが、そこからの“反乱”がキョンキョンを別次元に導いたとアイドル評論家の高倉文紀氏が解説する。
「5曲目の『まっ赤な女の子』で事務所にも相談せず、髪を刈り上げた。アイドルがあまりやらなかったことを次々とやって、サブカル寄りの人たちにも支持されるようになった。ただし、アイドルとしてのファンを裏切ることもしなかった。今の『ももいろクローバーZ』の源流と言えるかもしれません」
同じ82年組の「シブがき隊」の一員だった布川敏和は、自分たちにとっても格別の存在だったと言う。
「当時の『ザ・ベストテン』(TBS系)で、キョンキョンが先に歌ってソファに座っているでしょ。その直後に俺たちの番だと、歌い終わると同時に3人ともダッシュ。誰がキョンキョンの隣に座るか、いつも争っていたね」
80年代も半ばに入ると、さらにアイドル勢力図は激化する。85年に名曲の誉れ高い「卒業」でデビューした斉藤由貴(49)は、神秘的なイメージが大きな武器だった。
ディレクターを務めた長岡和弘氏は言う。
「作詞・松本隆、作曲・筒美京平という、これ以上ないゴールデンコンビに依頼しました。ただ依頼しただけではなく、由貴さんがオーディションで歌った5曲を録音して、それを2人に聴いてもらったんです」
松田聖子の「夏の扉」に「SWEET MEMORIES」、原田知世の「時をかける少女」、あみんの「待つわ」、そして中島みゆきの「悪女」だった。
「2人とも、あみんの『待つわ』が心に響いたと言うんです。彼女は歌声が澄んでいて、表情も豊か。ジャンル分けではないが、それなら、歌詞をきちんと伝えるような歌を作ろうということになりました」
3人で細部まで何度もミーティングを重ね、そしてデビュー曲が完成した。長岡氏は今も斉藤と親交があり、ライブでは変わらぬ姿にホッとする。