再評価・田中角栄「天才政治家の豪快伝説」 (3/4ページ)
金権政治で叩かれていたときも、マスコミのカメラマンの姿を見かけたら、右手を上げ、「ヨッ!」という有名なポーズを必ずしていた。取り巻きに「批判する相手に手を上げる必要はないですよ」と言われると、「連中だって好きでやってるわけじゃない。俺の写真が撮れないと商売にならんだろう」と答えたという。そうやって人の心をつかむだけではなく、話術がまた巧みだった。「演説の2分半に1回、必ず冗談を入れるんです。それを本人に聞くと、“おぉ、そうか、君に初めて言われたよ。よく研究してくれてるな、ありがとう”と礼を言われた思い出があります(笑)」(浅川氏)
その角栄氏は“コンピュータ付ブルドーザー”との異名を取った。緻密な計算に基づき、大胆に行動したからだ。「趣味のゴルフにしても、プレーした月日はもちろん、ホールごとの成績、ボギーだった、バーディだったということまで細かく覚えているんです。官僚からの説明にも、詳細な数字をきちんと把握していましたね。政治家はふつう、たとえば約4000などという数字を概算で記憶するんですが、角さんは、“3981”という具合に正しく記憶していました。正確な数字こそが説得力を持つと考えていたのかもしれません」(前同) そんな角栄氏にも唯一の弱点があった。愛娘の田中眞紀子元外務大臣だ。
「(前述の)『文藝春秋』の特集記事は、金脈・人脈・女性問題と、いわば田中角栄を丸裸にする内容でした。しかし本人は、“金脈については説明できるが、人脈については痛い”と言ってました。そして、(女性問題が暴露されたためか)愛娘の眞紀子氏がしばらく口をきいてくれなかったことを“何よりも辛い……”とこぼしていました」(前同)
その眞紀子氏の「婿取り」の逸話に、次のようなものがある。かつて角栄氏が大臣を務めた財務省(当時は大蔵省)の元官僚が、「あくまでも霞が関で語り継がれているゴシップですよ」と前置きして語ってくれた。「適齢期を迎えた愛娘の眞紀子さんに夫を選ぶことになり、角栄さんは、独り身の“書生”たちを呼びつけ、彼らを並べて脱ぐよう命令したそうです」 それなりに立派なモノを持っている男でないと、眞紀子氏にふさわしくないと考えたのだろうか。