<第1回>出産費用で9000ドル!? 四児の母が語る「海外出産奮闘記」~できちゃった婚・妊娠編~ (2/3ページ)
母も娘の出産は特別なようで、近くで産むことを希望しています。
一方の夫は……というと、「micaが安心できるように、micaが好きなように」というスタンス。
両親の気持ち、居心地の良いわが家と天秤にかけると、“アメリカでの新生活”はちょっとやそっとの勇気では飛び込めません。
しかも、アメリカは保険が高い、出産費用は桁違い。当時の金額で8,000-9,000ドルです。
それに「英語が通じなかったらどうする?」などなど、不安材料は挙げ始めたら、芋蔓式に出てきてキリがありません。
しかし私の心に迷いはありませんでした。
「もし可能なら、夫のそばで」
私の希望ひとつで、夫はアメリカの新生活へ向けて行動を開始しました。
■家族をイラだたせる「できちゃった婚」、嫌味を言われる日々
のんびりしている妊婦の私にイライラした母が、結婚情報誌を投げつけたことは忘れられません。よほど腹に据えかねたのでしょう。
大慌てで結婚式を挙行した後も、私と彼はアメリカへ行く予定なので、日本の新居はありません。
すごすごと実家に帰るのがどこか間抜けで、誰もが“宙ぶらりん”なその状態を、快く思っていないのが分かりました。
当時のアメリカは、911の事件後から引き続き、ビザが大変下り難い状況だったのです。夫が懸命に奔走するも状況はなかなか進展せず、父はイラだち、母からは嫌味を言われ……。
そんな辛い状況でも赤ちゃんは全く問題なく、お腹はむくむくと大きくなってゆきました。
それは混沌とした中での一筋の希望のようでもあり、また、一貫して前向きだった、夫の姿勢に応えてくれているようでもありました。
■まるで牢獄…。渡米妊婦を待ち受けていた「狭い座席、長いフライト」
夫の奔走の甲斐あって無事ビザが下り、とうとう成田から出発です。
涙ぐみながらもニコニコして手を振る父母を背に、夫と手をつないで搭乗口へ。これから初めて2人で暮らすんだという事実がただただ嬉しく、楽しみな気持ちしかありませんでした。
しかし、妊娠8ヶ月の渡米は想像以上に過酷でした。