モハメド・アリ 日本にと轟いた「ザ・グレーテスト」秘話!(2)アリは猪木をリスペクトしていた (1/2ページ)
「試合の前に、アリは後楽園で行われた猪木さんの公開練習を見たんですよ。それであまりの迫力ある技に危機感を募らせたんです。そこで、あれはダメ、これもダメとルールの変更を申し出た。でも、猪木さんは全部受け入れた。それもこれもいまさら引くに引けないから。世界一決定戦を実現するためでした」(坂口氏)
新間氏によれば、猪木の公開練習を見たアリは、
「こんなのやられたら、ボクシング人生は終わりだ」
とまで口にしていたという。
さて、猪木にとってがんじがらめのルールとなった試合が動いたのは、6ラウンドだった。
「あの時、猪木はアリを捕まえて倒し、肘打ちが一発入った。アリが必死になって猪木にしがみつくと、猪木は腕を取っていた。しかし、レフリーのブレイクのひと言に猪木はすぐに離したんですよ。もし、この時、反則覚悟で腕をきめてしまえば、アリは戦闘不能となって猪木が実質勝っていたでしょう。しかし、それをしなかった。だからこそ、アリからリスペクトしているという最大級の賛辞を贈られたわけです。しかし、もしケガをさせていれば、猪木と私は生きていられなかったかもしれない」(新間氏)
坂口氏も言う。
「アリが倒された時にはセコンドの何人かがリングに上がっていた。アリに何かあれば、試合をぶち壊してやる。そういう顔をしていたね。で、我々はといえば、身を挺して、それを止める覚悟でした」
この殺伐感──。ドローこそがアリにとっても猪木にとっても最良の幕引きだったのだろう。
アリ側とは試合後、カネで揉めた。
新間氏が回想する。
「再三再四、一方的にルール変更してきたことに抗議するため、後払いの120万ドルをペンディングしていたんですよ。すると、アリ側からその120万ドルにペナルティを加えた3120万ドルを支払えという裁判を起こされた。これは私の責任にされ、営業本部長から平社員に降格されました。数カ月後、この問題をアリ側のプロモーターのハーバード・モハメドと話し合うため、渡米しました」
新間氏は渡米前、僧侶の実父から、心で話し、心で聞き、心で見るようアドバイスされた。そうすれば、必ずや誠意は通じるというのだ。