82歳筆者が考える、言葉を「省略」したがる日本人...「バスタ」新宿のネーミングに思う (2/4ページ)
会話だけでは無いかも知れない、後者は文章中でも利用している。
何故か?会話中では、特に余り長たらしく、発音しにくい言葉は、それで無くても舌が回りづらくなる高齢者も矢張り、余り使いたくないし、そこには丁度心地良いリズムのようなもの、つまり普通の日本人で、普通の日本語を使うような人にとって、どこか適切と感じるようなテンポがあるのであろう。
インターネット上で検索してみると、こんな記事が目についた。
『「さようなら」という別れの挨拶語も元は接続詞で、別れの意味を含まず、当然、その後に続くはずの「これで失礼します」という別れの挨拶語が省略されているのです。日本語には後に続く肝心なことばを省略してしまう癖があります。たとえば関西の商店で買い物をすると、店の人から「おおきに」と感謝されます。この「おおきに」は副詞で、「ありがとう」につけて強調して「おおきにありがとう」ということばになるはずだったのに、いつの間にか「ありがとう」という肝心のことばが省略され、「おおきに」だけになりました。
日常の挨拶語も同じです。「こんにちは」や「こんばんは」も、元々「今日は、よいお日柄で」とか「今晩は、よき穏やかな晩です」という、後に続くはずの挨拶語が略されているのです。
外来語でも何でも日本人はすぐに省略して遣います。「コンビニエンス・ストア」は「コンビニ」、「パーソナルコンピュータ」は「パソコン」か「PC」、木村拓哉さんは「キムタク」です。数え上げたらきりがありません。長いフレーズでも3字か4字に省略されてしまうのです。』出典:大森亮尚 (古代民族研究所代表)。
こんな意見もあった。
『セイン(アメリカ出身。クリエイター集団「エートゥーゼット」の代表。):日本人は略語を作るとき、なるべく4文字になるようにしているみたいですね。