「男性の好み=一緒にいて楽しい人」がキケンな理由とは (2/4ページ)
ですが、その言葉を真に受けてはいけません。彼女たちか言う「一緒にいて楽しい人」とは、「話がうまくて、ノリがよく、盛り上げてくれて、自分を楽しませてくれて、コミュ力が高くて、息を吸うようにエスコートができて、自分がいいなと思える人」だからです。裏の意味が多すぎて察するのが困難です。
いつも女子に奉公している反動なのか、彼女たちは「男」には全てを与えてもらって当たり前だと考えています。楽しい時間、楽しい会話、素敵なレストラン、心躍るデート内容……これらは相手と協力して作り出すものではなく、提供されてしかるべきもの。与えてもらって当たり前、自分をもてなすのが当たり前。蛇口をひねれば水が出るくらい、彼女たちの中では常識です。これらは彼女たちの中では最低限なので、ひとつでも気に食わない部分があると、相手に故郷の村でも焼かれたの? とおののくくらい相手をとことん批判します。
合コンで知り合った縁も遠い男性ならまだしも、仲良く女子会をしている友だちの紹介で出会った男性の場合でも、その刃の切れ味は衰えません。たとえ無難に終わった会であっても、「彼なくない?」「顔とか無理なんだけどw」「全然盛り上げてくれないとかありえない~」「連れていかれた店これだよ!?」と思わず紹介者が「ごめん……」と謝るような激辛採点を繰り広げます。望むものを与えられない場合は代案などを出すこともなく、積極的に盛り上げるよう努力するわけでもなく、自分が好むコミュニケーションを取れない男性は「ないわー」で即終了。
自分好みのコミュニケーションでないと「コミュ力が低い」とバッサリの彼女たちが言う「面白い人」はどんな男性か? というと、遊び人です。考えれば当たり前ですが、相手を楽しませるだけの会話力や演出力を持ちスマートに振る舞える人間は、モテ男・遊び人・不倫おじさんに集約されていくのは世の理。そして、「人気商品」の彼らが彼女たちを選ぶかというと、これまた微妙。彼女たちが「いいな☆」と思い気合いを入れる男たちは、彼女たちの銭ゲバ根性を見抜いています。そのため、本命にしようとは考えず、遊ばれてポイ捨てされるのが関の山です。
しかし、残念ながら彼女たちは「遊ばれた」事実もきちんと認めません。