【プロ野球】カニのおかげでパーフェクト?6月28日は完全試合記念日 (1/2ページ)
1950(昭和25)年6月28日、青森球場で行なわれた巨人対西日本戦で、日本プロ野球史上初となる「完全試合」が達成された。この金字塔を打ち立てたのは、巨人の藤本英雄投手。日本で初めてスライダーを投げたとされる人物だ。
この完全試合達成には、藤本の実力に加えて、さまざまな巡り合わせも作用した。6月28日にちなみ、「完全試合はじめて物語」を掘り下げてみよう。
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■登板予定はなかったのに……
完全試合が達成される前日まで、北海道シリーズを戦っていた巨人。28日の試合のため、夜の青函連絡船で津軽海峡を渡り、一路、青森へと向かった。
この船旅の間、藤本は徹夜マージャンで時間をつぶしていたという。なぜなら、28日の登板予定はなかったからだ。ところが、当初先発予定だった投手が北海道でカニを食べ過ぎて下痢になってしまい、西日本パイレーツ戦の登板が不可能に。巨人の水原茂監督は急遽、藤本に代役を命じた。
この指令に藤本が慌てたのは言うまでもない。体が重く、頭も冴えない状況でプレイボール。コントロールは定まらず、先頭打者にいきなりボール3つ続けててしまう。史上初の偉業は、カウント3-0の窮地から始まったわけだ。
■最後の相手は「代打、俺」
初回先頭打者にカウント3-0。そんな不安な立ち上がりも、そこから3球続けてストライクが入り、先頭打者を空振り三振。以降も体調が悪いなりにのらりくらりのピッチング。ボール球に手を出し、大振りが目立った西日本打線の拙攻にも助けられた。普段はコントロールがいい藤本にしては、珍しくボールが荒れたことも功を奏したのかもしれない。
最終回、最後の打者として登場したのは、西日本の小島利男監督。「代打、俺」で出てきた相手を2ストライクと追いこむと、藤本が最後に選んだ球は“伝家の宝刀”スライダー。小島のバットが空を切り、空振り三振。投球数92、奪三振7、内野ゴロ11、内野飛球6、外野飛球3。4対0で巨人が勝利し、史上初のパーフェクトゲームは完遂されたのだ。
もっとも、この史上初の偉業達成も、目撃したマスコミは新聞記者が3名だけ。カメラマンはゼロ。当然、快挙達成の瞬間の写真も映像も、一切残っていない。