リオ五輪直前祈念!ヒロインたちが発した「歴史的名セリフ」の裏ドラマをプレイバック! (2/2ページ)

アサ芸プラス

 五輪の申し子である谷亮子は、旧姓の田村亮子時代から名セリフを連発した。

「最高でも金、最低でも金」(00年、シドニー)

「田村で金、谷でも金」(04年、アテネ)

 その言葉どおりに谷亮子は、女子柔道48キロ級で連覇を達成。92年のバルセロナと96年のアトランタでは、あと一歩のところで涙を飲んだだけに、自分を鼓舞するための“暗示”をかけたのだ。

 そして出産後の08年、北京を前に──、

「ママでも金」

 代表選考を巡って紛糾したが、母となった谷は粋な宣言。ただし、最後の舞台は銅メダルに終わり、有終の美は飾れなかった。

 最後は、日本陸上界悲願のマラソンで金メダルをもたらした00年シドニーの高橋尚子である。

「すごく楽しい42キロでした」

 Qちゃんらしく明るく語ったが、まさか、翌アテネの大会で代表漏れしてしまうとは、夢にも思わなかっただろう。

「“専門家”が選んだんだから」

 小出義雄監督の精いっぱいの皮肉もまた、隠れた名セリフである。

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