【リオ五輪記念】最速男カール・ルイスはバスケ選手になる予定だった? 54年かけてゴールしたマラソン選手がいた? 知られざる五輪トリビア (1/3ページ)
現地時間8月5日に開幕するリオデジャネイロ五輪に向けて、各国の選手たちは最終調整に余念がなく、その様は連日様々なメディアによって伝えられている。そうした中、過去の五輪大会において活躍した選手たちの中には、実は意外と知られていない驚きのエピソードを持つ人物が数多く存在している。
たとえば、アメリカ陸上界のヒーローとして知られるカール・ルイス。彼は、1984年のロス五輪において100m、200m、走幅跳、男子4×100メートルリレーの4種目に挑戦し、すべての種目で金メダルを手にするという驚異的な身体能力を発揮。現役生活でなんと9つものオリンピック金メダルを獲得したという、伝説のアスリートなのだ。そんな「レジェンド・オブ・陸上競技」な彼だが、実は、本格的な陸上選手となる前、1984年に行われたNBAドラフトでは、"バスケの神様"として知られるマイケル・ジョーダンを1巡目で指名したシカゴ・ブルズに、10巡目で、NFLドラフトにおいてもダラス・カウボーイズに12巡目で指名されたという経緯がある。結局、これらの誘いを断ってく陸上競技で活躍することとなった彼だが、仮にどちらかの道に進んでいたとしても、その身体能力からすれば活躍した可能性が高いだけに、どうなっていたのか興味深いところだ。
また、カールと同様に陸上界で活躍した有名選手で言えば、時代を遡って、マラソンのアベベ・ビキラに注目するとこんな話も。彼はオリンピックのマラソン競技で史上初の2大会連続優勝を決め、2つの金メダルを獲得した名ランナーとして知られるが、1960年に行われたローマ五輪の際に靴が壊れてしまい、なんと裸足で本戦に出場。そうしたハンデをものともせずに、世界最高記録(当時)となる2時間15分16秒2で優勝を飾り、「裸足のアベベ」と呼ばれることになったが、その後に行われた東京五輪(1964)では、ちゃんと靴を履いて出場。見事に優勝を飾っている。つまり、彼の代名詞となっている「裸足の」というフレーズ通りに走った大会は、ローマ五輪1大会のみなのである。