この現実は幻想?我々の住む世界は悪の天才によってコントロールされたシミュレーションであるかもしれない(哲学者) (2/3ページ)
デカルトは、そのためにもっとも良い方法はあらゆる物事を疑い、そこから知識を構築することだと考えた。この懐疑的アプローチによって、絶対的に確かなことの核にあるものだけが唯一知識の信頼のおける基礎になると主張した。彼はこう説いた。「あなたが真実を本当に求めるのならば、人生において少なくとも1度はあらゆる物事をできる限り疑うことが必要である」と。
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フランスの哲学者ルネ・デカルト
今目が覚めており、夢を見ているのではないといかにすれば確信できるか? かくなる哲学者に好まれる古典的で懐疑的な問いはデカルトに端を発している。
私たちが想定している知識を試すために、デカルトはさらに全能者、すなわち私たちを騙して本来の姿とはまるで異なる現実に生きていると錯覚させている悪魔が存在すると想像した。
水槽の脳とポップカルチャー
水槽の脳という思考実験や懐疑主義の挑戦はポップカルチャーにも取り入れられた。もっとも有名な事例は、1999年の映画『マトリックス』と2010年の『インセプション』だろう。
この思考実験の映画版で観衆は仮想の世界に入り込み、哲学的概念を探索するよう仕向けられる。例えばマトリックスでは、主人公ネオが日常世界はコンピューターでシミュレートされた世界であり、本当の体は生命維持装置で生かされていることに気がつく。
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我思う、ゆえに我あり
私たちが外側の世界について確証を得ることはできないとしても、デカルトはかすかだが希望を持って第二の省察を行っている。少なくとも自分自身の存在については確信できるということだ。疑いを抱いているときは、必ず疑っている”私”がいなければならないからだ。