呪いをもたらしたと言われている盗まれた10の遺物 (5/7ページ)
すると、彼らは墓石をドアストッパーや、庭の装飾など、ごくありふれたことに利用していた。だが、それも彼らに財政難や離婚や死などの不幸がふりかかるまでのことだった。泥棒たちは、自分たちの呪いがとけるよう、墓石がそれぞれの墓にきちんと戻されたかどうかをしきりと知りたがったという。
■ 3. ネイティブアメリカンの遺物
1905年、モルモン教徒の移住者が住み始めてから、ユタ州の小さな町ブランディングは、アナサジ族の遺物の宝庫として知られるようになった。
1950年代、地元の考古学者ウィンストン・ハーストはまだ少年だった頃、陶器のかけらや、矢じり、ありとあらゆる雑多な遺物が地面に雑然と転がっているのを発見した。1960年代までに、住人たちがときに重機を使って、このあたりをもっと深く掘ってしまった。
ハーストはこれは略奪であり、冒涜にほかならないと思い始め、こうした遺物を貪欲に自分の懐におさめ、売りさばいていた友人たちと仲たがいした。
1986年にFBIが乗り込んできて、公有地から不法に持ち去られた900点以上の遺物を押収した。こうした手入れのおかげで、違法な収集は少なくなったが、インターネットの出現で密かな売却は後を絶たなかった。
2009年には、150人のFBI捜査官がこの小さな町に押し寄せた。盗んだ遺物を売りさばいていた罪で逮捕された者の中には、保安官のきょうだいや地元の医者までいた。医者のジム・レッドはハーストの幼馴染で、彼がこれらの遺物を初めて見つけたときにも同行していた。レッドは逮捕の翌日自殺をはかり、事件に関わったほかのふたりも数ヶ月以内にやはり自殺した。