早くも「時かけロス」?「時をかけられないおっさん」が見たドラマ版『時をかける少女』の魅力 (2/5ページ)

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そのことは近しい知人はもとより、家族にすら悟られたくない部分であることは言うまでもないが、頭ではそう理解していても、気持ちが言うことを聞かないから困ったもの。たとえば、第2話で登場した高月彩良演じる"悲運の片思い女子高生"と未羽が見せた"最後の別れ"のシーンにおいては、未羽が彼女に満足な言葉もかけられずにポロポロと大粒の涙を流しながら自転車の荷台から手を離し、見送る姿に、頬を伝う涙と醜い鼻水をぬぐいつつ、「いいなぁ...」と食い入るように画面を見つめてしまったほどである。無論、そうしたシーンを前にすると、自分が実生活において、リアルな女子中高生からは小汚いおっさんにしか見られないという、ごくごく当たり前の揺ぎ無い現実でさえもついうっかり忘れて(というか見なかったことにして)しまうことは言うまでもない。
そして、そんな彼らの"短い夏"が終わりを迎えた先週放送の最終回においては、翔平(菊池風磨)と同様に未来からやってきた"みーくん"こと三浦浩(高橋克実)が、自らの死が目前に迫っている中で、本物の家族であるかのように一緒に過ごしてきた由梨(野波麻帆)&圭太(五十嵐陽向)母子に、文字通り"永遠の別れ"を告げるシーンで、手堅く号泣。さすがにこの歳になってくると、心の中の薄汚れた部分ではその展開について「ベタだなー」と卑しいツッコミを入れつつも、その「ベタだなー」の「なー」が言えるかどうかぐらいのギリギリの瞬間には既に嗚咽に変わってしまいそうな自分がいることにも気付かされるから困ったものである。

涙ながらに自らの秘めた想いと感謝の言葉を語る浩のセリフひとつひとつに涙腺がゆるみ、その言葉が持つ意味を正確には理解していないものの"空気"で何かを察しているふうの由梨の浮かべる涙に誘われて涙し、いつもは「みーくん」と呼んでいた子供・圭太がさりげなく口にした「お父さん」という言葉で我慢が限界点を超えて号泣に至るという、まさに脚本家と演出家がこれほど恨めしく思えることはないという状態に陥ることとなってしまったのである。汚い。実に汚い。
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