プロレス解体新書 ROUND14 〈新日本vsUインター〉 対抗戦の裏メーン「長州vs安生」 (1/2ページ)

週刊実話

 1995年10月9日、新日本プロレスvsUWFインターナショナルの歴史的対抗戦。試合前に「210%勝てる」と豪語して長州力に挑んだ安生洋二は、わずか5分弱で完敗した。
 “新日強し!”を強烈にアピールしたこの試合の舞台裏で、一体何があったのか。

 かつて『安生最強説』なるものがUWFファンの間では囁かれていた。
 「船木誠勝がインタビューで、『キックボクサーのモーリス・スミスとも立ち技で互角に闘える唯一の日本人選手』と話したことがきっかけでした」(格闘技ライター)
 当該記事中で実名は伏されていたが、いつしか“安生を指したもの”というのが定説となっていった。船木としては、鳴り物入りで新日からUWFへ移籍した後、初戦で安生に返り討ちに合ったことが意識にあったのかもしれない。

 また、安生は道場の練習で無類の強さを誇り、他選手はまったく歯が立たなかったともいわれている。
 だが、それ以上に“安生最強”の根拠とされたのが、'89年11月29日に開催されたUWF初の東京ドーム興行『U-COSMOS』でのチャンプア・ゲッソンリット戦だった。
 「ムエタイ中重量級の一枚看板として、大型の欧州キック勢とも互角以上に闘ったチャンプアは、まさしく当時のキックボクシング界において、トップクラスの1人でした」(同)

 しかも、安生はノーグローブで、パンチよりもリーチの短い掌打で対抗せざるを得ないというハンデ付き。さらに言えばこの試合、興行的な意味での事前の取り決めのない、いわゆるガチンコであった。
 「第二次UWFの歴史の中でも、ガチンコと言われるのはこの試合と、同日の鈴木みのるvsモーリス・スミスだけ。引き分けに終わった試合後には、若手にすぎない安生をわざわざ前田日明や高田延彦が祝福に訪れ、藤原喜明に至っては涙ぐんで抱擁までした。その様子からも、いかに特別な試合だったかがうかがえました」(同)
 さすがに技術面で、安生がチャンプアを上回る場面こそなかったが、評価すべきはそのクソ度胸だろう。立ち技のスペシャリストを相手に一歩も引かず、前々での戦いを挑むなど、よほどの怖いもの知らずでなければできることではない。

「プロレス解体新書 ROUND14 〈新日本vsUインター〉 対抗戦の裏メーン「長州vs安生」」のページです。デイリーニュースオンラインは、スポーツなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る