マレーがシングルスで2つの金メダルを獲得した初の選手に [リオ五輪]

テニスデイリー

マレーがシングルスで2つの金メダルを獲得した初の選手に [リオ五輪]

 アンディ・マレー(イギリス)は長いこと実現していないか、もしくは前例のないことを成し遂げるのをいまや習慣としているようだ。

 「リオデジャネイロ五輪テニス競技」(8月6~14日/オリンピックテニスセンター:バーハ・オリンピック・パーク/ハードコート)の男子シングルス決勝でマレーは、流れが行き来した4時間におよぶ戦いの末、フアン マルティン・デル ポトロ(アルゼンチン)を7-5 4-6 6-2 7-5で倒した。それによって五輪のシングルスにおいて2つの金メダルを獲得した史上初のテニスプレーヤーとなった。

 「どんなことだって起こり得た」とマレー。彼は第4セットで3-5とリードを奪われながら最後の4ゲームを連取した。

 「感情的にタフだった。肉体的にも辛かったよ。そして多くのアップダウンがあった」

 2012年のロンドン五輪でマレーは、男子シングルスで金メダル、ミックスダブルスで銀メダルを勝ち獲った。会場となったオールイングランド・クラブは言うまでもなく、2013年に77年ぶりとなるイギリス人優勝者を生んだウィンブルドンが行われた場所だ。

 マレーは今年、その2013年以来、2度目のウィンブルドン優勝を果たし、グランドスラム大会のタイトル数を「3」に増やしている。

 このリオ五輪で第2シードをつけたマレーは、第1シードのジョコビッチを1回戦で、第3シードのラファエル・ナダル(スペイン)を準決勝で破った世界141位のデル ポトロの“復活の疾走”をストップさせた。

 誰も金メダルまでの道のりで「トップ3シード」を破ったことはなかったが、2009年の全米オープン覇者であるデル ポトロはその偉業に限りなく近づいた。

 デル ポトロは2012年のロンドン五輪で、銅メダルを獲得している。

 今回の銅メダル決定戦では、2008年北京五輪の金メダリストであるナダルが錦織圭(日清食品)に2-6 7-6(1) 3-6で敗れた。結局、錦織が獲得した銅メダルは日本人選手が五輪のテニス競技で銀メダルを獲得した1920年以来、96年ぶりのメダルだった。

 マレーとデル ポトロの決勝は、プレースタイルという面で見ればかなり対照的なふたりの対戦だったた。マレーの素晴らしいリターンと鉄壁のディフェンス、そして、すべてのボールに追いつくコートカバーリング能力。対する長身のデル ポトロは強烈なサービスと獰猛なまでのフォアハンドを武器としている。

 高い湿気の中、遅いハードコートの上で多くの非常に長いラリーがあった。とはいえ、合わせて102のアンフォーストエラーがあり、ウィナーは85本だったことから、すべてが美しかったわけではない。

 彼らはもう少しで第5セットに突入するところだった。というのも2セットダウンのデル ポトロが第4セットでは、5-4から自分のサービスゲームを迎えていたからである。しかし彼はそこでブレークされて、最後のゲームでもふたたびマレーにブレークを許した。

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 「アンディに対するときは、サービスゲームを取れるかどうかがわからない」とデルポトロは言った。

 試合の終わりにデル ポトロがバックハンドをネットにかけたとき、ふたりはネットに歩み寄って抱擁を交わした。それからふたりともが4日連続でプレーしたあと、いかに疲労困憊しているかについて口にした。

 もしもデル ポトロが勝っていたら、彼はもっともランキングの低いテニスの金メダリストとなっていた。そして、それは彼にとって2014年1月以来のタイトルにもなっていたはずだった。2014年1月にタイトルを獲得してから数ヵ月後に、デル ポトロはそのあと3度行うことになった手首の手術のうちの最初の手術を受けている。

 故障のせいでデル ポトロはほぼ2年半を棒にふった。しかし、先の6月のウィンブルドンで久しぶりにグランドスラム大会に戻ることができた。彼はいまもなお、かつて行っていたやり方で両手打ちバックハンドを強打することができず、頻繁に片手打ちのスライスを頼みとしている。

「彼が抱えた数々の問題のあとにプレーに戻り、ふたたびこのレベルで競い合うとは本当に驚くべきことをやったと思うよ」とマレーは言った。

 マレーはリオ五輪の開会式でイギリス代表チームの旗手として国旗を運び、そしてこの日曜の夕べにはイギリス国歌『God Save the Queen』を歌いながら、その旗がスタジアムに掲げられるのを見た。

 2012年のロンドン五輪の男子シングルス決勝でロジャー・フェデラー(スイス)を倒す以前には、マレーはテニスで重要とされるタイトルをひとつも獲っていなかった。しかし、金メダルを獲得して以降は3つのグランドスラム・タイトルを獲得。さらに今、もうひとつ金メダルを加えることに成功した。マレーは2013年に背中の手術を受けているが、今やその影響は感じさせず、完全にカムバックしている。

 「僕はトライし、進み続けるよ。東京(五輪)もひょっとしたらね」とマレー。2020年のオリンピック開催地を指して、笑いながら言った。

 「もし僕が33歳になる4年後に、まだプレーしていたとしても、今と同じレベルでプレーしている自分は想像しないけどね」。(C)AP

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