俺たちを焦がした「夏のいいオンナ」!(6)<緒方かな子・桜っ子クラブ>90年代の「グラビア女王」は広島カープ監督夫人 (1/2ページ)

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俺たちを焦がした「夏のいいオンナ」!(6)<緒方かな子・桜っ子クラブ>90年代の「グラビア女王」は広島カープ監督夫人

 肉感的なボディが魅力だった中條かな子(43)は現在、広島カープ・緒方孝市監督夫人であり、3児の母である。緒方かな子としてタレント活動も再開しているが、アイドル時代と、優勝が近づいた監督夫人としての現在を語ってくれた。

 デビューした91年、菅野美穂さんや井上晴美さん、中谷美紀さんとともに「桜っ子クラブさくら組」(テレビ朝日系)としてレギュラー出演しました。

 私は放送開始前に歌手デビューが決まっていたこともあってか、「桜っ子クラブ」のみんなとは楽屋が別でした。なので、あまり接点がなく、しかも学園祭のお仕事とかで忙しくなり、数カ月の出演でした。のちほど皆さんがご活躍された時に「あのメンバーにいたなー」くらいで。

 ただ収録の「西武園ゆうえんち」がすごく遠くて、いつも土曜日の行楽帰りの渋滞の中、帰っていたことを今でも覚えています。

 それからグラビア撮影のお仕事が増えましたが、夏はいいのですが、真冬の撮影は大変でした。1度、野外プールでの撮影があって、足をプールにつけたら全身が鳥肌!

 そんな状態でもカメラマンは笑顔を要求してくるし‥‥。翌日、カゼをひいたら「自己管理がなっていない!」と。その当時は「そんなものか」と思っていましたが、今考えるとビックリですね(笑)。

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 念願の歌手デビューを果たすと、たちまち「学園祭の女王」と呼ばれるほどに各地の大学から引っ張りだこになった。

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 当時、私は高校生だったので、行く学校の生徒は皆さん年上。MCも「皆さんノッてますか?」と敬語を使っていて(笑)。今だったらもう少し上手にできたかもしれません。

 実は私はダンスが苦手で、ステージの端にいることに気づかず、1歩前に踏み出す振付けで前に出たら、みごとにステージから落ちてしまったこともありました。

 痛いことも忘れて自力でステージに登って続けましたが‥‥。失敗もたくさんあったけど、楽しかった思い出です。

 さて結婚して20年ですが、主人は1年のうち3分の1くらいしか広島にいないので、ほぼ母子家庭状態ですね。

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