イギリスに存在した故人の一部を取入れた手元供養・モーニングリングとは? (1/2ページ)

心に残る家族葬

イギリスに存在した故人の一部を取入れた手元供養・モーニングリングとは?

亡くなった身内や知人の形見分けでもらった、今となっては懐かしい風合いのアクセサリーを宝物にしている人は少なくない。イギリスでは、15世紀後半から19世紀末ぐらいまで、死者を悼む指輪、モーニングリングが存在した。一見それとわからないシンプルなもの、髑髏や王冠をモチーフにしたもの、遺髪をデザインに生かしているもの、生前の写真を入れたものなど、様々なバリエーションがある。

■「忘れないで」と刻印されたモーニングリング

初期のモーニングリングは主に、教会の主教がごく限られた関係者に遺したものだった。指輪の内側に、「最後の時を忘れるな」など、最後の審判を待つ、キリスト教の訓戒が刻印されていた。しかも当時は、世の栄耀栄華を空しいもの、そして罪と捉える「メメント・モリ」(死を忘れるな)の思想
から、髑髏や骸骨をモチーフにしたものがつくられてもいた。

16世紀半ばの清教徒革命以降は、一部の高位者のみならず、一般市民にも流行した。死者の名前と命日に加え、「私を忘れないで」「聖なる友情に」などの銘文が彫られた指輪が葬儀の後、参列者に贈られるようになった。しかし、19世紀半ばのクリミア戦争終結後をピークに、一部の国民的著名人や王族を除いて、モーニングリングは徐々に廃れていった。

■広まりすぎたことによって廃れたモーニングリング

廃れた最大の理由、それは皮肉にも、慣習が世に広まり過ぎたことが挙げられる。

芸術的審美眼を有した富裕層が求めた、細工師の手技が光るものよりも、素材の金や宝石そのものの「価値」しか求められなくなったこと、陳腐なデザインの安価な大量生産品があふれたことによって、本来それが有していた、死者への哀悼、そしてキリスト教の警句を重々しく受け止めるためのツールという意味が消えてしまった。

また、19世紀末から20世紀初頭のボーア戦争、更に第1次世界大戦においては、戦死者がクリミア戦争の比でなく増加し、遺族の経済的負担となったためだと言われている。

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