人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第32回 (2/2ページ)
これでは田中角栄にあらずして“田中丸栄”である」
一方で、当時の田中にはこんなエピソードもある。あの田中が大蔵省幹部たちの前で、思わず大粒の涙を見せたという話である。経緯は、こうであった。
閣議に出る前、田中は大蔵省幹部からあらかじめ受けていたレクチャーを、そのまま閣議の席でしゃべった。田中はその後、大蔵省に戻ると、幹部たちを前に得意気に閣議でしゃべった内容を話した。ところが、幹部たちの表情が変わったのである。しばし沈黙があった後、当時の官房長の佐藤一郎(後に事務次官。政界入り後に経済企画庁長官)が、やおら口を切った。
「大臣。今のお話では私どもが事前に差し上げた資料、並びにご説明したものと相違しております」
ここで、田中の顔色がみるみる変わったのだった。佐藤官房長と、こんなヤリトリになった。「いや、私は資料なんて絶対もらっておらんよ」「いえ、ちゃんとお渡ししてあります」「私はね、君たちからもらう資料はこれまで全部読んでいる。もし、もらっていたら必ず読んでいるはずだッ」「いえ、お渡ししてあるはずです!」。
そのときだった。田中の両眼から、ポタポタと大粒の涙がこぼれ始めたのだった。佐藤官房長はじめ並いる幹部の間には、驚きとともに気まずい空気が流れ始めた。
しかし、次の瞬間、こうした空気を見て取ったかのように田中は、「失礼ッ」と言って立ち上がるや、大臣室の洗面所で水道の栓を目一杯開き、バシャバシャと音を立てて顔を洗い、やがて幹部らの前に戻るやこう言った。「すまん。私のミスだった。よし、聞く。次は何の話だッ」。
このときの田中の涙について、当時、“解釈”は二つあった。大蔵省担当記者の話が残っている。
「東大法学部卒のエリート中のエリート官僚の前で、思わず自分の学歴の乏しさがフッと頭をもたげ、寂しさ、悔しさが一気に噴出したのではないかとの見方が一つ。もう一つは、田中一流の巧まざるの人心収攬術の最たるものとの解釈だった」
いずれにせよ、田中はここで「潔さ」を示した。大蔵省幹部らとのこの件でのあつれきは、一瞬に吹き飛んだ。「潔さ」は、あらためて男の魅力の一つを見せつけた格好の田中であった。
ケロリ、田中は持ち前の立ち直りの早さで、なお大蔵省に“砂塵”を巻き上げ続けることになるのである。
(以下、次号)
小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。