本田宗一郎が目指した世界一への歩み、自動車メーカー「ホンダ」の歴史を振り返る (2/3ページ)
photo by 韋駄天狗(CC BY 3.0)
1972年に発売された「シビック」、1976年の「アコード」は、ホンダが4輪車メーカーとしてのラインナップを完成させ、しかもいずれも大ヒットさせたことから、販売台数においてもトヨタ・日産に次ぐ3番手を狙う資格を得ました。ホンダはその後もマツダ・三菱とともに激しい販売合戦を繰り広げることになります。
そして時代はオイルショック・排ガス規制という自動車メーカーとしての苦難の時代を迎えましたが、低燃費と環境性能に優れた技術力を持つホンダには追い風となりました。
1980~2000年代photo by Charles01(CC BY 3.0)1986年12月から1991年2月までの51ヶ月間の間に起きた、資産価値の上昇と好景気……いわゆるバブル景気は自動車業界を大きく成長させ、クルマ自体も変化を受けました。市場は大型化と高級志向を鮮明にし、また多品種化も進みました。
ホンダもこの時代に様々な種類の車種を投入しています。「シティ」と「プレリュード」によって若者に車の新しい価値観を提供し、そのライフスタイルまでも提案しました。また、「NSX」と「ビート」という両極端の価格帯のスポーツカーにより、運転する楽しさも追及したのです。
さらにミニバンの「オデッセイ」はファミリーカーの概念を大きく変えることになりました。この時代の多くのモデルは、今までにないクラス・コンセプトのものであり、その後の自動車業界に大きな影響を与えるものばかり。他メーカーが追随してきたという点が、この時代に登場したホンダ車の特徴となっています。
2000年以降~現在photo by DY5W-sport最初に登場したのはハイブリッド車の「インサイト」。2人乗りのコンパクトクーペは35.0km/L(10・15モード)の低燃費性能を達成し、21世紀の低燃費競争の口火を切ったのでした。