初優勝の夢に向けて!ル・マンを戦ったトヨタ車たち【前編】 (2/5ページ)

イキなクルマで

■本格挑戦は、85Cから

80年代、トヨタは国内屈指のレーシングチームであるトムスと手を組み、当時人気のあったレーシングカテゴリー「グループC」に参戦するためのマシンを製作します。これには林みのる氏率いるレーシングコンスタラクター「童夢」も参加、童夢のル・マンでの経験はトヨタのル・マン本格参戦への強力な足がかりとなります。

この童夢とのコラボレーションは1982年に登場した82Cを筆頭に、1985年の85Cというかたちでひとつの実を結びます。この85Cは基本的には全日本耐久選手権を戦うマシンと同じですが、空力面でかなり攻めた設計となっているのが特徴でした。

photo by TOYOTA GAZOO Racing

エンジンは市販の4T-GTをベースに、チューニングが加えられたもの。トヨタは当時、レース専用の大排気量エンジンを持っておらず、苦肉の策で用いられたのがこのエンジンだったのです。

迎えた決勝は、やはり市販ベースのエンジンではトップスピードが足りずに苦戦しますが、完走を目指し走り続けた結果、総合12位でフィニッシュ。参戦初年度で完走と、まずまずの結果を残しました。

■空力を大幅に見直した、86C

ル・マン本格参戦2年目となり、さらなる上位進出を目指すべく開発されたマシンが86Cです。これまで通り童夢、トムスとのジョイントで製作されました。

photo by DOME CO.,LTD

84Cから続く、アルミツインチューブモノコック構造のシャシーや4T-GTエンジン、フロントラジエーターといった基本構造は86Cでも継承されており、大国正浩氏のデザインした空力特性に優れたボディをまとっていました。デビュー戦は全日本耐久選手権第2戦・富士1000kmで、トムス陣営はリタイア、童夢のマシンは4位完走を果たします。

そして臨んだル・マン本戦。トヨタはトムスと童夢に1台づつマシンを託します。決勝深夜に、トムスのマシンはエンジントラブルでリタイア。対する童夢は順調に周回を重ね、ル・マンでの経験値の高さを見せます。しかしゴール1時間前というところで力尽き、完走はできませんでした。

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