百恵、明菜、太田裕美…「昭和の美人歌姫」の現在とは (2/6ページ)

日刊大衆



 69年に『夜明けのスキャット』をヒットさせたのが由紀さおり(67)だ。「最近は米国のジャズオーケストラとの共演アルバムが国際的に高い評価を受け、若いファンも増加。この夏は大規模音楽フェスにサプライズゲストとして招かれました」(芸能プロ幹部)

 小柳ルミ子(64)は71年に『わたしの城下町』でデビュー。翌年の『瀬戸の花嫁』で不動の人気を得る。昭和40年代から関西フォーク界でマネージャー、司会者、イベント運営者として活躍し、当時の音楽界をよく知る北川啓二氏(現・出版プロデューサー)は、彼女の印象をこう語る。「いつもニコニコと笑顔がまぶ眩しかった。彼女が部屋に入ってきた瞬間、華やかなオーラを感じるんです」 そのオーラに加え、歌唱力とナイスバディを今もキープし、旺盛なステージ活動を継続中だ。「最近はガチなサッカーファンとしても注目されています。ブログでサッカーを熱く語り、スタジアムに応援に行く。W杯前回大会は、全試合をテレビ観戦したとか」(スポーツ紙記者)

 あさま山荘事件が起きた72年、ちあきなおみ(68)は『喝采』で、レコード大賞を受賞した。「歌唱力は、美空ひばりと双璧でしょう」(音楽ライター) ところが92年、最愛の夫だった俳優の郷鍈治(ごうえいじ)さん(宍戸錠の実弟)の死を境に、彼女は一切の歌手活動を休止してしまう。「復帰を望む声は強く、ベスト盤が発売されたり、回顧番組が放送されたりしています。ただ、どこかで静かに暮らす彼女が復帰する可能性は低いでしょう」(前出のスポーツ紙記者)

 ジュディ・オング(66)の『魅せられて』は、79年の代表曲。ゴージャスな衣装が今でも語り草だ。前出の北川氏いわく、「美人で知的なだけではなく、彼女は人柄が素晴らしい。誰にでも優しく接するので、スタッフのみんなに愛されていました」 そんな完璧美女は現在も売れっ子タレントで、陶芸家としての顔もあり、文化人的な活動でも忙しい。

 ニューミュージックのジャンルからも、多くの名曲と歌姫が生まれた。前出の北川氏が、高校生だった2人に惚れ込み、世に送り出したのがシモンズだ。田中ユミ(63)、玉井タエ(63)の2人は、1971年(昭和46年)にデビュー曲『恋人もいないのに』で一躍、人気者になる。
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