やくみつるの「シネマ小言主義」 “喜劇”に見える実際に起きた“惨劇”『エル・クラン』 (1/2ページ)

週刊実話

やくみつるの「シネマ小言主義」 “喜劇”に見える実際に起きた“惨劇”『エル・クラン』

 1980年代のアルゼンチンで実際にあった、一見“普通”の家族が引き起こした残忍非道な事件。笑いをとっているわけでもないのに、バックに流れる軽妙な音楽とあいまって、途中から「これは、ドタバタ喜劇なのか?」と思えてしまう作品です。

 まず、映画で見る当時のアルゼンチンの司法があまりにメチャクチャ。日本の司法にだってマズイ点は多々ありますが、それにしたってヒドすぎる。
 たとえば、拘留中の容疑者同士がお互いの檻の中に入ることが許されて、裁判について謀議できたり…。そもそも警察ともズブズブの関係で、何とでもなるといった当時のアルゼンチン社会に立脚した“喜劇”なのかという気がしました。
 そして、このレトロな絵づくり、画面のちょっとしたザラつき感…。“往年のギャングが暗躍した時代でも描いてるの?”と勘違いしてしまうほどですが、舞台は80年代。日本でいうと、オイルショックからバブル前夜の頃です。自分にとっては、ついこの間の感覚なんですが、若い人からするともはや古色蒼然とした「時代劇」なんだと思い知らされます。

 ただ、今も変わらぬ南米独特の大ざっぱ感は、この映画の誘拐から身代金要求の過程にもよく表れています。一家の長で、主犯格のアルキメデス・プッチオは、軍事政権時代に裏工作や諜報の知識を身につけたプロ。優遇されていた軍事政権が崩壊した後も、自分たちの生活レベルを落とさないために身代金目的の誘拐と監禁、殺人を次々と行っていきます。持てる技術をフル活用し、家族まで巻き込んで犯行を重ねていくのですが、これが突っ込みどころ満載です。
 黒澤映画の『天国と地獄』のような息詰まるジリジリ感はもちろん、緻密さも計画性もまるでありません。“いくらなんでもこれじゃバレるだろう”というユルさが散見され、いかにも南米だよな、と苦笑してしまいます。
 自分はそんな異文化を感じるのがおもしろくて、アルゼンチンをはじめ南米のあちこちに繰り返し出掛けているんですけどね。

 アルゼンチンは南米の中でも異質な国です。ヨーロッパ系の白人率が高く、「白人国」と呼ばれるほど。実際に行ってみると、先住民や黒人との混血の割合も非常に少ないことが分かります。
 そのせいか、他の南米諸国はアルゼンチンが大嫌い。

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