古代ギリシャ人の葬儀を調べてみたら現代日本の葬儀とは大きく違っていた (1/3ページ)

心に残る家族葬

古代ギリシャ人の葬儀を調べてみたら現代日本の葬儀とは大きく違っていた

「古代ギリシア」と聞いて、人は何を連想するだろうか。壮大なパルテノン神殿?ミロのヴィーナスやゼウス像など、完璧な肉体美を表現した彫刻?アポロンやキューピッドなど、人間臭い神々が多く登場するギリシア神話?それとも、ソクラテスやプラトンなどの哲学者か…「古代ギリシア」というだけで、豊かで多様なイメージがわき起こるのは、言語・学問・文化の源流を古代ギリシアに持つ欧米人のみならず、日本人も同様だろう。今回は古代ギリシア人にとっての死と葬儀について考えてみる。

■古代ギリシャ人はどのように「死」を捉えていた?

古代ギリシア人が思う死とは、人が死ぬと、天国と地獄などの峻別はなく、どんな善人でも悪人でも等しく、冥界(ハデス)に下るというものだ。しかも冥界には、今我々が生きている世界と同じような世界が展開している、「死者の町」があると信じられていた。

しかし、死者の遺体がきちんと埋葬されないと、魂(プシュケ)は冥界に入ることができず、地上を永久にさまようことになると捉えられていた。それゆえ、子が親を弔うこと、死後、子に弔ってもらうことは、ギリシア人にとっての「幸福」だった。

そして葬儀は、人の一生の総決算でもあった。豪奢な葬儀は何度もギリシアの都市国家内で禁止されたが、その習慣が改まり、質素なものになることはなかったという。このような古代ギリシアの豪奢な葬儀とは、どのようなものだったのか。

■古代ギリシャ人の葬儀は3幕で構成されていた

彼らの葬儀は「3幕のドラマ」のようだったという。第1幕は、「陳列」(プロテウス)と呼ばれた、遺体の手入れと安置を行うものだ。遺体は洗浄され、今日の我々がアロマテラピーで用いているバラや白檀、フランキンセンスなどの香油を塗られた後、埋葬用の布で包まれる。その後数日間、家族や友人・知人が棺台に安置された遺体に拝礼する。

第2幕は、「野辺送り」(エクフォラ)だ。台車に乗せられた遺体は遺族によって墓地まで運ばれ、その後ろに会葬者と葬送曲を演奏する楽団が続く。楽団の演奏に合わせて、女性の会葬者によって哀歌が歌われる。その他の人々は自分の頭を平手で叩きながら、哀悼の意を表した。

第3幕は埋葬である。

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